だいぶ寒くなりましたが、皆様、お元気でお過ごしのことと思います。
私は10日ほど前に都内へ出かけた後、風邪を引いて寝込んでしまいました。どうやら、都会の病原菌に耐性を持ち合わせて居なかったのが原因ではないかと思われます。しかし、まだ咳が出ますが、どうやら回復し始めています。
二日ほど前に寝ていて思ったのですが、世界が一体化して「合衆国」のようになったら、戦争や国家間の紛争もなく、皆が平和に暮らせるだろうという事でした。おまけに軍事費も節約できます。(地球合衆国、または地球連邦の構想)つまり、国が州のレベルに組み込まれ、国連のようなものが合衆国政府となるわけです。しかし、州単位に自由に独自の法律が施行できます。でもこれを、いきなり行うのは無理がありますね。
それで連想するのが、まずアジア経済圏を作ることでした。これはEC (Youropian Community)のように、政治や経済を統合して、紛争を少なくしてゆき、共に経済や文化的な交流を通じて発展してゆくというものです。現時点で、アジアは共産勢力と資本主義勢力の勢力に二分されていますが、欧州も草案の時代(汎ヨーロッパ主義)にはそうだったので、それらの問題は今後の努力や時間で解決されてゆくものと考えます。
欧州では、人種的、文化的、宗教的(キリスト教)な同一性が核となり統合が進みました。
アジアでも、長い歴史的な交流を持つ文化的な背景があり、また、人種的な同一性とか、漢字使用圏や仏教、儒教などの文化的な共通性があります。だから不可能ではないと考えられます。
そのように、世界の各地域で、いくつかの文化圏が出来て行くことで、世界の統合が進むことと思われます。
また、そうした統合化、一体化のもとで、どのようにしたら皆が幸福な生活が営めるかは、統合を進める上で欠かせない留意点だと思います。
結局、どのような体制でも一長一短があると思いますが、各個人の幸福度を最大にし、リスクを最小にする努力を続ける事こそが、結果として望ましい結果をもたらすと信じます。
2012年も終わりに近づく時に、未来の展望を書いて見ました。皆様、どうぞお元気で幸福にお過ごしください。
植木淳一
地上は生物であふれています。しかし、どの生命体も単独では生きられません。様々な環境条件を必要とします。動物は必ずエサと酸素を必要としますし、それが最終的には植物に由来する事が知られています。植物は葉緑素を用いて水や空気中の二酸化炭素を使い太陽エネルギーを糖や澱粉に固定します。それを地上の生命体は食べているのです。また、地上の生命体には様々な元素を供給して足場となる硬い地面(地球)が必要であり、空気や太陽もまた必要なのです。さらには、生物の死骸を土にまで分解する様々な小さな生物達や微生物も必要となります。そのように考えると、結局、地上や宇宙にあるもの全てが地上の生命体には必要なのかもしれません。 人間もそれらの全てと本来は関連を持ち、その一部なのです。
2012年10月26日金曜日
●ふたたび「生まれ変わり」とは何かを考える
今年のノーベル化学賞は、京都大学の中川教授に与えられました。
彼が研究して作成したiPS細胞は医学分野で役に立ち、人の生命を救ったり寿命を延ばすことに役立つと認められたからです。
このiPS細胞を使用すると、人の内臓や皮膚、骨まで再生できると考えられています。
これに対してクローン技術があります。
クローンは親の細胞の核から遺伝子を取り出し、それを他の個体(同じ生物)の卵子に移植して、親と同じ個体を作り出す技術です。こちらは牛などの動物に対して行われ、親の動物とそっくり似た動物ができる実績があります。(実際には、胎児を育てる母親が異なると少し違いがあると考えられる)
さて、これが人間にも応用できるだろうという考えがあります。しかし、こうして作られたクローン人間は親と同じかというと、そうではないようです。もしも親が生きている間に、親の細胞からクローン人間がつくられ育ったとします。そうすると、このクローン人間が親を見て自分だと思い感じるでしょうか。また、親もそのクローン人間を見て、おれだと思うでしょうか。
さらに、たとえば十人のクローン人間を作った場合、その一人一人が、他のクローン人間を見てみな自分だと思うでしょうか。そうは思わないと思います。それは一人一人がそれぞれの感性を持っていて、自分という意識は別個にあるからです。
ここで、何度も似たことを書くな、というお叱りを受けるかもしれませんが、まだ、本当に説明が尽くされていないようにも思えるので、また「転生」に関して書いてみることにしました。
A氏の主張では、人は死ぬ時、最後の息を吐く間に他の肉体に転生するという。つまり転生は、ほんの一瞬の出来事であるわけです。そして、その転生先は、どこかのご婦人のお腹にいる胎児である、となります。そして月満ちて、そこの世界の一員として生まれ出るわけで、このように、人の生命は連続しているというのです。
この場合、死んだ人の肉体は朽ち果てて無くなります。そうなると、本人だと識別できるものは、体験などの「記憶」しかないということになります。そして、白人から黒人に生まれ変わったり、黄色人種に生まれ変わった場合には、背の高さや容貌が生まれ変わる前と同じということは考えられないのです。性別が転換した場合でも同様でしょう。
そこまで考えると、ユダヤのサカイ派のように「死んだら何もなくなる」という考え方も一理あるわけです。生前は太って大柄で、立派な髭を生やした威厳のある老人が、生まれ変わったら、かわいい小柄の女の子になった、ということもありえるのです。
しかし、まさに死の直前では、死に行く肉体と、生まれ変わりを受け入れる肉体(胎児)が同時に存在しています。そのために、本人の記憶や情報の流れを授受する何らかの手段があればよいわけです。
卑近な例ですが、インターネットに例えれば、ソフトやデータを送信するパソコンと、それを受信するパソコンがあればよいわけです。この場合、ソフトやデータが本人となるわけです。しかし、これはあくまでも例えであり、実際にどのようなものかわかりません。もしかしたら想像を絶するものかもしれません。
これに関する例えとして、生命界はたった一つの受精卵細胞から、複雑な人体を想像する力と叡智を持っています。そこにはどのような驚異的な仕組みが働いているのかは分からないのです。さらに、昔から言われている、テレパシーとか遠隔透視などの能力が作用する仕組みが自然界に存在する場合には、転生においても、そうした遠隔地への何らかの情報伝達の可能性はあると思うのです。
こうした転生が、何度でも繰り返されれば、その人は永遠に生き続けられるわけです。この論理が、人の「永遠性」とか「不朽性」を意味すると考えられなくもないのです。
この観点から聖書を読んでみると、
『(13)食物は腹のため、腹は食物のためにあるが、神はそのいずれをも滅ぼされます。体はみだらな行いのためではなく、主のためにあり、主は体のためにおられるのです。(14)神は、主を復活させ、また、その力によってわたしたちをも復活させてくださいます。』(コリント第一、第六章13-14)
の中に出てくる「復活」は、まさに「転生」を意味するのではないかと思わせる印象があります。しかしこの考え方は、今の教会の一般的な解釈と違う場合がある、かもしれないです。また、この文章から考えられる「主」なる存在は、体内に宿る何者かを指しているように思えます。
また、『(19)知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。(20)あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。』(コリント第一、第六章19)
の部分は「主」なる存在に関して、さらにひとつの重要な示唆を与えているように考えられます。
イエスがユダヤ人の中で教えているときに、神を冒涜しているとして石で撃ち殺されそうになった時がありました。
『(33)ユダヤ人たちは答えた。「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。神を冒涜したからだ。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ。」(34)そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に「わたしは言う。あなたたちは神々である」と書いてあるではないか。(35)神の言葉を受けた人たちが「神々」と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。(36)それなら、父から聖なる者とされて世に遣わされたわたしが、「わたしは神の子である」と言ったからとて、どうして「神を冒涜している」と言うのか。』(ヨハネによる福音書第十章33-36)
この中にでてくる律法(旧約聖書の部分)は、
『わたしは言う、あなたがたは神々だ、あなたがたは皆いと高き者の子だ。しかし、あなた方は人のように死に、もろもろの君の一人のように倒れるであろう。
I say,"You are gods, children of the Most High, all of you; nevertheless, you shall die like mortals, and fall like prince."』(詩篇82編6ー7)
を指しています。
そうすると、「主」なる存在も、体に宿る「神からいただいた聖霊」のことになるのです。
★復活のしかた
『(35)しかし、死者はどんなふうに復活するのか、どんな体で来るのか、と聞く者がいるかもしれません。』(コリント第一、第十五章35)
『(42)死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、(43)蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。(44)つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです。(45)「最初の人アダムは命のある生き物となった」と書いてありますが、最後のアダムは命を与える霊となったのです。(46)最初に霊の体があったのではありません。自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。(47)最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。(48)土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。(49)わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。』(コリント第一、第十五章42-49)
この部分で何度も現れる対比は、
●朽ちるものー> 肉の体=自然の命の体=最初のアダム=地に属する者
●朽ちないものー> 霊の体=最後のアダム=天に属する者
という図式があります。
また、ここには、当初、肉の体に付随する者でも、次第に霊的に成長して強く輝かしい者になってゆく様が書かれているように感じられます。(42-44)
そして、この復活は一瞬にして行われるというのです。
『(51)わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。(52)最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。(53)この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。(54)この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。(55)死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」』(コリント第一、第十五章51-55)
この部分は別の解釈が可能です。しかし、
1.人は必ず死ぬということ(過去からの既成事実)
2.人の死後に起きることに関して書かれている
3.人は「死後眠りにつくわけではない」と書かれている
4.すると「最後のラッパ」が黙示録に書かれている事とは考えられない
5.だとすると、死後、一瞬にしておきる変化が書かれている
という観点から見ると、この不死性に関して象徴的に述べられていると考えることができます。
以上で、A氏の言葉と聖書との関連から、検証らしきものを少し行いました。
私達は、まだこの分野に関しては未開拓だと考えられるので、今後のさらなる研究が必要なように思われます。
植木淳一
彼が研究して作成したiPS細胞は医学分野で役に立ち、人の生命を救ったり寿命を延ばすことに役立つと認められたからです。
このiPS細胞を使用すると、人の内臓や皮膚、骨まで再生できると考えられています。
これに対してクローン技術があります。
クローンは親の細胞の核から遺伝子を取り出し、それを他の個体(同じ生物)の卵子に移植して、親と同じ個体を作り出す技術です。こちらは牛などの動物に対して行われ、親の動物とそっくり似た動物ができる実績があります。(実際には、胎児を育てる母親が異なると少し違いがあると考えられる)
さて、これが人間にも応用できるだろうという考えがあります。しかし、こうして作られたクローン人間は親と同じかというと、そうではないようです。もしも親が生きている間に、親の細胞からクローン人間がつくられ育ったとします。そうすると、このクローン人間が親を見て自分だと思い感じるでしょうか。また、親もそのクローン人間を見て、おれだと思うでしょうか。
さらに、たとえば十人のクローン人間を作った場合、その一人一人が、他のクローン人間を見てみな自分だと思うでしょうか。そうは思わないと思います。それは一人一人がそれぞれの感性を持っていて、自分という意識は別個にあるからです。
ここで、何度も似たことを書くな、というお叱りを受けるかもしれませんが、まだ、本当に説明が尽くされていないようにも思えるので、また「転生」に関して書いてみることにしました。
A氏の主張では、人は死ぬ時、最後の息を吐く間に他の肉体に転生するという。つまり転生は、ほんの一瞬の出来事であるわけです。そして、その転生先は、どこかのご婦人のお腹にいる胎児である、となります。そして月満ちて、そこの世界の一員として生まれ出るわけで、このように、人の生命は連続しているというのです。
この場合、死んだ人の肉体は朽ち果てて無くなります。そうなると、本人だと識別できるものは、体験などの「記憶」しかないということになります。そして、白人から黒人に生まれ変わったり、黄色人種に生まれ変わった場合には、背の高さや容貌が生まれ変わる前と同じということは考えられないのです。性別が転換した場合でも同様でしょう。
そこまで考えると、ユダヤのサカイ派のように「死んだら何もなくなる」という考え方も一理あるわけです。生前は太って大柄で、立派な髭を生やした威厳のある老人が、生まれ変わったら、かわいい小柄の女の子になった、ということもありえるのです。
しかし、まさに死の直前では、死に行く肉体と、生まれ変わりを受け入れる肉体(胎児)が同時に存在しています。そのために、本人の記憶や情報の流れを授受する何らかの手段があればよいわけです。
卑近な例ですが、インターネットに例えれば、ソフトやデータを送信するパソコンと、それを受信するパソコンがあればよいわけです。この場合、ソフトやデータが本人となるわけです。しかし、これはあくまでも例えであり、実際にどのようなものかわかりません。もしかしたら想像を絶するものかもしれません。
これに関する例えとして、生命界はたった一つの受精卵細胞から、複雑な人体を想像する力と叡智を持っています。そこにはどのような驚異的な仕組みが働いているのかは分からないのです。さらに、昔から言われている、テレパシーとか遠隔透視などの能力が作用する仕組みが自然界に存在する場合には、転生においても、そうした遠隔地への何らかの情報伝達の可能性はあると思うのです。
こうした転生が、何度でも繰り返されれば、その人は永遠に生き続けられるわけです。この論理が、人の「永遠性」とか「不朽性」を意味すると考えられなくもないのです。
この観点から聖書を読んでみると、
『(13)食物は腹のため、腹は食物のためにあるが、神はそのいずれをも滅ぼされます。体はみだらな行いのためではなく、主のためにあり、主は体のためにおられるのです。(14)神は、主を復活させ、また、その力によってわたしたちをも復活させてくださいます。』(コリント第一、第六章13-14)
の中に出てくる「復活」は、まさに「転生」を意味するのではないかと思わせる印象があります。しかしこの考え方は、今の教会の一般的な解釈と違う場合がある、かもしれないです。また、この文章から考えられる「主」なる存在は、体内に宿る何者かを指しているように思えます。
また、『(19)知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。(20)あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。』(コリント第一、第六章19)
の部分は「主」なる存在に関して、さらにひとつの重要な示唆を与えているように考えられます。
イエスがユダヤ人の中で教えているときに、神を冒涜しているとして石で撃ち殺されそうになった時がありました。
『(33)ユダヤ人たちは答えた。「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。神を冒涜したからだ。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ。」(34)そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に「わたしは言う。あなたたちは神々である」と書いてあるではないか。(35)神の言葉を受けた人たちが「神々」と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。(36)それなら、父から聖なる者とされて世に遣わされたわたしが、「わたしは神の子である」と言ったからとて、どうして「神を冒涜している」と言うのか。』(ヨハネによる福音書第十章33-36)
この中にでてくる律法(旧約聖書の部分)は、
『わたしは言う、あなたがたは神々だ、あなたがたは皆いと高き者の子だ。しかし、あなた方は人のように死に、もろもろの君の一人のように倒れるであろう。
I say,"You are gods, children of the Most High, all of you; nevertheless, you shall die like mortals, and fall like prince."』(詩篇82編6ー7)
を指しています。
そうすると、「主」なる存在も、体に宿る「神からいただいた聖霊」のことになるのです。
★復活のしかた
『(35)しかし、死者はどんなふうに復活するのか、どんな体で来るのか、と聞く者がいるかもしれません。』(コリント第一、第十五章35)
『(42)死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、(43)蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。(44)つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです。(45)「最初の人アダムは命のある生き物となった」と書いてありますが、最後のアダムは命を与える霊となったのです。(46)最初に霊の体があったのではありません。自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。(47)最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。(48)土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。(49)わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。』(コリント第一、第十五章42-49)
この部分で何度も現れる対比は、
●朽ちるものー> 肉の体=自然の命の体=最初のアダム=地に属する者
●朽ちないものー> 霊の体=最後のアダム=天に属する者
という図式があります。
また、ここには、当初、肉の体に付随する者でも、次第に霊的に成長して強く輝かしい者になってゆく様が書かれているように感じられます。(42-44)
そして、この復活は一瞬にして行われるというのです。
『(51)わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。(52)最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。(53)この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。(54)この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。(55)死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」』(コリント第一、第十五章51-55)
この部分は別の解釈が可能です。しかし、
1.人は必ず死ぬということ(過去からの既成事実)
2.人の死後に起きることに関して書かれている
3.人は「死後眠りにつくわけではない」と書かれている
4.すると「最後のラッパ」が黙示録に書かれている事とは考えられない
5.だとすると、死後、一瞬にしておきる変化が書かれている
という観点から見ると、この不死性に関して象徴的に述べられていると考えることができます。
以上で、A氏の言葉と聖書との関連から、検証らしきものを少し行いました。
私達は、まだこの分野に関しては未開拓だと考えられるので、今後のさらなる研究が必要なように思われます。
植木淳一
2012年8月8日水曜日
★海を見ていつも思う事
大東岬の展望台から広い海を見ていると、とても雄大な気持ちになります。
そのように、稲毛の浜から眺める東京湾もやはり雄大で、心を和ませてくれる効果を持っているのです。 海は人間をはじめとする生物のふる里で、人間の体液成分も海水に似ているからだなどという人もいます。それはともかく、自然界から人間は生まれ、それに繋がって生きていることは間違いないことです。
人間は健康な状態だと、平和な満ち足りた生活を求めるものだと思います。しかし、世界や個人を取り巻く状態は、必ずしもそうした良い状態を続けられるようには維持されない事があります。
その場合にどうするかが、その人の価値を決めることになるのかもしません。
私としては、外見からはどう思われても、心の中では、春のそよ風が吹いているような状態を保ちたいものです。 つまり人は、ともすると『恐れ』や『怒り』、『心配』や『悩み』などのマイナスの考えに囚われがちです。
そうではなく、意識して『明るく楽しい思い』を心に抱いたり、他人対する思いやりや愛情を持ったり、誠実であるなど、美しい理想を心に抱いて、良い思いの中に居続けたいものです。
さらには、自分をこの世に出してくれた尊い存在のことを常に意識して生活が出来たら、安心の中に居られると考えたりするのです。
また、皆が同様の理想を持つようになれば、個人にとっても上記の良き状態が作りやすいと考えるのです。
映画の【ハリーポッター】の中に、吸魂鬼を追い払うために、守護霊降誕の呪文を行うシーンがあります。
このやり方として、心の中に過去の自分の体験の中で一番幸福な思い出を思い出して、それを強く心の中に描いて呪文を唱える、というのです。このやり方は意外と現実の社会でも使えるかもしれないと感じたのです。
つまり、誰もが挫折や失敗を体験するものです。その場合、それにめげて落ち込んでいないで、気持ちを切り替えて、また新たなチャレンジを行ったりするために、この方法が有益ではないかと思ったのです。もちろん呪文はどうでもよいのですが、できれば自分を勇気付たり前向きにする言葉なら何でも良いと思います。
また、政府もGWH(国民総幸福量)を増大させるような政策を取り続けて欲しいと考える次第です。
(国民総幸福量)
植木淳一
そのように、稲毛の浜から眺める東京湾もやはり雄大で、心を和ませてくれる効果を持っているのです。 海は人間をはじめとする生物のふる里で、人間の体液成分も海水に似ているからだなどという人もいます。それはともかく、自然界から人間は生まれ、それに繋がって生きていることは間違いないことです。
人間は健康な状態だと、平和な満ち足りた生活を求めるものだと思います。しかし、世界や個人を取り巻く状態は、必ずしもそうした良い状態を続けられるようには維持されない事があります。
その場合にどうするかが、その人の価値を決めることになるのかもしません。
私としては、外見からはどう思われても、心の中では、春のそよ風が吹いているような状態を保ちたいものです。 つまり人は、ともすると『恐れ』や『怒り』、『心配』や『悩み』などのマイナスの考えに囚われがちです。
そうではなく、意識して『明るく楽しい思い』を心に抱いたり、他人対する思いやりや愛情を持ったり、誠実であるなど、美しい理想を心に抱いて、良い思いの中に居続けたいものです。
さらには、自分をこの世に出してくれた尊い存在のことを常に意識して生活が出来たら、安心の中に居られると考えたりするのです。
また、皆が同様の理想を持つようになれば、個人にとっても上記の良き状態が作りやすいと考えるのです。
映画の【ハリーポッター】の中に、吸魂鬼を追い払うために、守護霊降誕の呪文を行うシーンがあります。
このやり方として、心の中に過去の自分の体験の中で一番幸福な思い出を思い出して、それを強く心の中に描いて呪文を唱える、というのです。このやり方は意外と現実の社会でも使えるかもしれないと感じたのです。
つまり、誰もが挫折や失敗を体験するものです。その場合、それにめげて落ち込んでいないで、気持ちを切り替えて、また新たなチャレンジを行ったりするために、この方法が有益ではないかと思ったのです。もちろん呪文はどうでもよいのですが、できれば自分を勇気付たり前向きにする言葉なら何でも良いと思います。
また、政府もGWH(国民総幸福量)を増大させるような政策を取り続けて欲しいと考える次第です。
(国民総幸福量)
植木淳一
2012年8月5日日曜日
★先日大東岬に出かけました。
先日は知人と一緒に大東岬へ出かけてきました。近くの海岸で海水浴をした後、車で大東岬の高さ五十二メートルの山に登ります。途中の登山道は狭いのですが、車だと昇るのが楽です。そして駐車場へ車を置いて、海の見える展望台へと歩いて向かいました。ここからの眺めは絶景で、本当に気持ちが良くなります。
しかし、この山は砂岩で出来ているために、海食を受けて、毎年、次第に崖が削られています。大東岬灯台の「建設銘文」にも、25年前に崖が削られてきたために、当時の位置から百メートル内陸にある現在の位置に灯台を建設し直したことが書かれています。
また、昨年来たときには無かった「立ち入り禁止」の柵が、展望台の手すり側に設置されていたのです。これは海食の速度がかなり速いことを意味していて、いずれは現在の展望台も無くなってしまうのではないかと考えました。
観望後に、展望台近くでお店を開いている人から、ここからの眺めは房総第一の眺めだと聞きました。確かに過去には、映画などでここからの光景が使用されたことがありました。海に差す光の加減で海の色は変化しますが、昨年来たときには夢のような明るい水色でした。それは夕方近くの日が落ちかけた時だったためかもしれません。
この沖合いには浅瀬があり、そこでは昔、風呂で使う風呂桶のような大きなアワビが取れたという話でした。今でもよい漁場になっているようです。
これはちょっと怖いお話ですが、昔はこの沖に陸地があったそうです。しかし、永禄の大地震(1703年12月31日?)のときに、その平野が水没して、この浅瀬ができたのだそうです。当時は、沖合い八キロくらいのところまで陸地があったのですが、今でも海図でその陸地が浅瀬として確認できると言います。そこにあった村は全滅でした。
過去の房総半島付近の断層は、大地震で動いた時に、その移動方向として、陸が上昇する方向が多いので、これはちょっと不思議でした。ここだけは例外的な部分なのかなと考えたのです。しかし、これは専門家の詳細な検証が必要だと思われます。
昔、私は車で房総半島最南端の館山へ向かって走ったことがありました。その時、崖に見える地層が、皆、南を上側に傾斜していた事を思い出しました。つまりこれは、南の陸地が上昇したことを意味しています。だから太平洋側から押し寄せるプレートの圧力がそうさせたのだろうと考えたのでした。
また、この灯台のある山のふもとには飯縄寺があり、彫り物師で有名な「伊八」の残した彫刻があります(天狗と牛若丸)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E3%81%AE%E4%BC%8A%E5%85%AB
また、本堂正面には「天狗のお面」が飾ってありました。伊八氏の作品は、ここから少し離れた行元寺(波と宝珠)にもあります。この「波と宝珠」の構図が葛飾北斎の冨嶽百景の浮世絵にも影響を与えたという話を聞きながら、過去へ思いを馳せたのでした。ここでは色々と発見があり、面白い旅となりました。
http://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/net-tv/kankou/fusanokuni-071219.html
植木淳一
しかし、この山は砂岩で出来ているために、海食を受けて、毎年、次第に崖が削られています。大東岬灯台の「建設銘文」にも、25年前に崖が削られてきたために、当時の位置から百メートル内陸にある現在の位置に灯台を建設し直したことが書かれています。
また、昨年来たときには無かった「立ち入り禁止」の柵が、展望台の手すり側に設置されていたのです。これは海食の速度がかなり速いことを意味していて、いずれは現在の展望台も無くなってしまうのではないかと考えました。
観望後に、展望台近くでお店を開いている人から、ここからの眺めは房総第一の眺めだと聞きました。確かに過去には、映画などでここからの光景が使用されたことがありました。海に差す光の加減で海の色は変化しますが、昨年来たときには夢のような明るい水色でした。それは夕方近くの日が落ちかけた時だったためかもしれません。
この沖合いには浅瀬があり、そこでは昔、風呂で使う風呂桶のような大きなアワビが取れたという話でした。今でもよい漁場になっているようです。
これはちょっと怖いお話ですが、昔はこの沖に陸地があったそうです。しかし、永禄の大地震(1703年12月31日?)のときに、その平野が水没して、この浅瀬ができたのだそうです。当時は、沖合い八キロくらいのところまで陸地があったのですが、今でも海図でその陸地が浅瀬として確認できると言います。そこにあった村は全滅でした。
過去の房総半島付近の断層は、大地震で動いた時に、その移動方向として、陸が上昇する方向が多いので、これはちょっと不思議でした。ここだけは例外的な部分なのかなと考えたのです。しかし、これは専門家の詳細な検証が必要だと思われます。
昔、私は車で房総半島最南端の館山へ向かって走ったことがありました。その時、崖に見える地層が、皆、南を上側に傾斜していた事を思い出しました。つまりこれは、南の陸地が上昇したことを意味しています。だから太平洋側から押し寄せるプレートの圧力がそうさせたのだろうと考えたのでした。
また、この灯台のある山のふもとには飯縄寺があり、彫り物師で有名な「伊八」の残した彫刻があります(天狗と牛若丸)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E3%81%AE%E4%BC%8A%E5%85%AB
また、本堂正面には「天狗のお面」が飾ってありました。伊八氏の作品は、ここから少し離れた行元寺(波と宝珠)にもあります。この「波と宝珠」の構図が葛飾北斎の冨嶽百景の浮世絵にも影響を与えたという話を聞きながら、過去へ思いを馳せたのでした。ここでは色々と発見があり、面白い旅となりました。
http://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/net-tv/kankou/fusanokuni-071219.html
植木淳一
2012年7月24日火曜日
夏のひと時に・・・書きました。
●相も変わらずの・・・夏。もう夏ですね。
でも、この半年(少し超)の間にも、いろいろな出来事がありました。
この前半の半年は、なんといてもゲームに熱中できたことです。
「ゼルダの伝説」を心置きなく、目いっぱい、存分に楽しめたことでしょう。
やり抜いた同シリーズの数は5個ですが、それぞれに思い出があります。
とにかく、全部最後まで貫通できたことが、私にとってひとつの自信になっています。
これは単に、同ゲームに関するものだけかもしれませんが・・・
任天堂さんも、アパート経営の隠居爺さんに出来るゲームを、わざわざ開発してくれていたわけです。
これは、ボケ防止と暇つぶし、機敏性をある程度養うのには好適かもしれません。
感謝!感謝!です。
●落ち着いた生活 -ーーー
さて、後は、「落ち着いた生活」を、どれだけ維持し続けられるかです。
某書には、「落ち着いた生活」を過ごしていると、必要とする能力が得られる、と書いてありました。 それを期待して、今後は、つとめて落ち着いた生活を過ごすことにしようと考えます。
少なくとも、ボケてヨイヨイになり、他人様のご迷惑にならないように、気をつけねばならないと自戒する次第です。
●マイパソコンのトラブル
ここ三週間ほど、パソコンがダウンして書き込めませんでした。どうやら、通信回線からウイルスか何かが送り込まれて、やられたようです。パソコンを立ち上げてもウインドウズが起動しないのです。これで、三度ほどシステム再インストールをする羽目となりました。
これは、古いパソコンで作った文章ファイルを、ネットカフェで修正しながら作っています。
そろそろ、ネット通信も定年かと・・・☆☆
さて、何を書こうかと考えているうちに、ヘッダーにする文章をつくりはじめたのです。(以下)
この地方では、春になると何もない枝に梅や桜の花が咲き、何もなかった畑などの地面から草が芽生えて、やがて青々とした葉を茂らせる。そして夏を迎える。こうした季節の運行は毎年確実に行われている。
植物達は、太陽からの光エネルギーを糖分やデンプンに変えて蓄える。そして動物達がその実や植物を食べて自分達の活動エネルギー源としている。このように、植物達が生命界の活動エネルギー源を支えているのだが、人間もそうした生命界の一部であることに変わりは無い。そして植物達は生命界を支えるために自らを犠牲にして動物やその他の生物達の食料になっている。
植物達はまた、光合成の際に酸素を出し二酸化炭素を吸収する。そして動物達や細胞群は、その逆を行っている。我々は植物達のお陰で生きて活動をしているわけだが、そうした事に気を止める人は少ない。しかし、太陽からの「光」が地上の生命界を生かし活動させているのは事実である。我々はその「光」エネルギーで体を動かし、思考をめぐらせている。だから我々は「光」の子であり、本来そうあるべく生きるべきなのだろうと思う。日本には古来、太陽崇拝信仰があったが、その意味で真理を知っていたのかどうかはわからない。しかし、潜在意識的には気づいていたのかもしれない。太陽からの光は、分け隔てなく万物に等しく注がれている。
可能ならば、明るく、平和で、公平、そして暖かな心を持ち、クリーンで献身的な知性や態度を保つようにしようではないか。
そして、どのようにしたら「光の子」として生きられるのか、少しは考えてみましょう。
(以前のタイトル文を復元しようとして、こんな文章をつくってしまいました。読み返してみるとダサいね。)
これから、死海文書にあった「光の子と闇の子の戦い」という文書を思い出してしまった。とくに関係はないと思うのですが。
●ヒッグス粒子の発見
これは、LHAという山手線くらいの長さをもつ(27km)巨大円形加速装置がスイス・ジュネーブにあり、そこでの実験成果だという。
この「ヒッグス粒子」の存在は既に知られていて、実験結果も出ていたそうですが、今回、念には念を入れてなのか、あらためて存在が確認されたというニュースが流されました。この粒子は真空中に沢山存在していて、他の素粒子に質量を与えるのだそうです。質量があれば、慣性が生じて動かしにくくなるし、光速度以下の運動ができます。これがないと、皆、光の速度で動き回る結果になるのだという。昔から理論的にこの素粒子の存在は予想されていたが、過去に数多くの実験が行われていて、今回、まず存在が間違いないと考えられたので発表されたのでしょう。
こうした発見が、我々の実生活にどのような変化を生じさせるのかに関しては、今のところ何も言えないようです。もしかしたら、将来、この粒子を制御したり排除して、物質を「無重力」にできるのかどうかですが・・・今のところ私にはわかりません。
●アパートの軒下に、スズメが巣を作りました。
なぜだか分からないのですが、スズメの夫婦が私のアパートの軒下に巣を作りました。私がその下を通ると、スズメが驚いて飛び出してくるのです。これではかわいそうにも思いますが、縁起が良いのか悪いのか、今後はあまり気にしないで見守りたく思います。
植木淳一
2012年6月10日日曜日
●英国女王即位60周年記念式典とロンドン・オリンピック
また「オリンピック」の年がやってきました。今年の夏はテレビで「オリンピック競技」が楽しめますね。
●【第三十回】ロンドン・オリンピック(JOCサイト)
(2012年7月27日~8月12日:17日間)
http://www.joc.or.jp/games/olympic/london/
●エリザベス女王即位60周年記念式典
英国のエリザベス女王が即位してから60周年を祝う国を挙げての祝賀行事が行われました。先月はこれに先立ち、日本の天皇、皇后両陛下が英国に招かれてエリザベス女王の祝賀会に参加されました。即位60周年の祝賀会を開催したのは18世紀のビクトリア女王以来お二人目だそうです。これは英国の平和と安定性を象徴するような素晴らしい事ですね。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120606/k10015634092000.html
http://www.cnn.co.jp/fringe/30006835.html
●サハラ砂漠で英国の戦闘機が発見された
第2次世界大戦中の1942年6月28日にエジプトのサハラ砂漠に墜落した英国空軍の戦闘機キティホークとみられる残骸がこのほど発見されたという。今年は様々なイベントが続く英国の年と言えなくもないですね。
http://www.cnn.co.jp/fringe/30006555.html
●バルト海の海底で謎の巨大物体を発見
北欧のバルト海で海底に沈んだ難破船を捜索していたスウェーデンの海底探査会社が、深さ80メートルの海底で巨大な物体を発見した。その形状から未確認飛行物体(UFO)ではないかとする説まで飛び交ったが、正体は分かっていないそうだ。
http://www.cnn.co.jp/fringe/30005445.html
■近況
最近は、雨が続く日々があり、また、その晴れ間には素晴らしい青空が広がります。こうした日は、雨上がりの後の清清しさが感じられます。ゆとりがある方は、こうした自然界の美しさを楽しみましょう。また、台風三号がやってきましたね。そろそろ梅雨に入るのかもしれませんが、温度の変化が激しいので、どうぞ風邪など引かぬようお気をつけください。
植木淳一
2012年6月7日木曜日
●金星の太陽面通過
昨日は「金星の太陽面通過」がありました。東日本では曇りや雨のところが多く、観測できなかった所が多かったようです。しかし、肉眼では太陽表面に「ほくろ」があるくらいの大きさでしか見えないので、望遠鏡があると迫力が増すでしょう。次回、観測できるのは105年後となります。
こうした現象を宇宙から観測すると「大気によるゆらぎ」(ゆれ)がないので、良好な画像を見る事ができます。
日本の打ち上げた太陽観測衛星「ひので」からは、下記のような素晴らしい画像が送られてきました。
★「ひので」から見た金星の太陽面通過
http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2012/0606.shtml
http://hinode.nao.ac.jp/news/120606VenusTransit/
http://hinode.nao.ac.jp/news/120606VenusTransit/sot/2nd_cn_rednc/SOT_120606_venus_CN_nc_red_000.jpg
金星の表面を「薄く光る筋」が取り巻いていますが、これは太陽の光が金星大気を屈折して通過してきたもので、光って見えるのです。やり方によっては、この方法で金星の大気をある程度調べられるかもしれません。
ハッブル宇宙望遠鏡の画像があればグッドだと思い調べましたが、どうも無いようです。つまり、これらの映像をさらに拡大して観測すれば、金星の大気に関してもっと色々な情報が得られると考えました。
日本の金星探査機「あかつき」は失敗しましたが、地球周回軌道の衛星でも、長円形で遠地点を金星と太陽が一直線上にくる軌道位置に乗せられれば、上記のやり方で、ある程度まで金星大気を観測できるはずです。
今後の惑星探査に期待しようと思います。
●先月の金冠日蝕も日本中が関心をもったイベントでした。
●今年は、1962年に、米国で初めてグレン宇宙飛行士が宇宙を飛んでから50周年という記念の年にあたります。何かのイベントがあると思われますが、まだ確認していません。
●NHK「宇宙の渚」が好評放映中。
これは、NHKで開発した「宇宙用ハイビジョン高感度カメラ」を用いて、古川宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに長期滞在しながら撮影した映像をふんだんに用いて、地球周辺の宇宙現象(オーロラ、スプライト、大気光、流れ星等)を紹介してゆく番組です。
すでに、雷雲よりはるか上空で発生する「スプライト」(現象)や「オーロラ」を放映しました。
宇宙からみたオーロラは、地上から見るものより安心(?)してみることができます。通常のオーロラのほとんどが薄緑色なのですね。これと同時に見れる地上の夜景は、とても素晴らしいものに思えました。
しかし、オーロラは電子の流れが大気分子や原子を励起して発光するので、宇宙飛行士にとってはリスクがあります。彼らの献身的な努力のおかげで、地上に居る私たちは、安全な状態で宇宙からの神秘的な眺めを楽しめるわけです。
★コズミック・フロント
http://www.nhk.or.jp/space/program/cosmic.html
●今後の主な天文イベント
8月12日 ペルセウス座流星群
8月14日 金星食 これは、月の向こうに金星が隠れる現象
12月14日 ふたご座流星群
植木淳一
2012年5月22日火曜日
●金冠日蝕と良寛禅師
●日蝕と良寛さんの遺跡めぐり
昨日21日は、太陽が月に隠される「日蝕」の一種である「金環食」が日本で見られました。
私は、所要で5月19日から新潟市に出かけていたのですが、21日の朝はこれを見ました。食の時にはあたりが少し暗くなったのを覚えています。しかし、食が始まってから終わるまでのこの時間は長くて、他の用事を足しながらの観測となりました。日本で日蝕が見られるのは25年ぶりのことと聞いています。
また、金星が太陽面を通過するイベントが、来る6月6日に起きるそうです。こちらはこの後100年くらいは起きないので、今、生きている人達にとっては最後の観測チャンスとなるでしょう。 この観測には、日蝕を観測した太陽観測用メガネがまた使えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%98%9F%E3%81%AE%E5%A4%AA%E9%99%BD%E9%9D%A2%E9%80%9A%E9%81%8E
私は土曜日にでかけてからこの三日の間、新潟市に居ましたが、日曜日は時間にゆとりがあったので、良寛禅師の遺跡めぐりをしました。具体的には五合庵に車ででかけたのです。国上山の山上近くには、越後の国最古のお寺と言われる真言宗の国上寺がありまして、五合庵はそのふもとの本覚院の上方にありました。
良寛さんは曹洞宗の禅僧で、商家の橘屋の長男として生まれたが、18歳で出家して、国仙和尚に随行して備中の国の円通寺で修行を重ねる。その後、39歳の頃に帰郷して、いくつか転居した後、なぜか真言宗のお寺である国上寺に身を寄せ、そのふもとにあった五合庵に47歳の時から住みました。(五合庵の住み主としては五代目にあたる)
彼は書家や歌人として有名ですが、その人柄が特に庶民に愛好されたのではないかと思われます。彼の伝記には子供たちとの微笑ましい交流話などが残っています。また、私が子供の頃に聞いた歌には、彼の家の縁の下から竹の子が生えてきたので、床に穴を開けてその成長の邪魔をしないようにした、という話があります。
部屋の床から竹が生えている、この風情!!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E5%AF%9B
「この里に 手まりつきつつ 子供らと
遊ぶ夕日は 暮れずともよし」 良寛
ともあれ、彼は世俗の名声や功名とは縁の無い暮らしをして、70歳のときに、30歳の美貌の貞心尼との出会いをしたなど、御伽噺のようなお話があった人でした。(74歳没)国上寺や本覚院(住職が良寛さんの遺品収集家)には良寛さんゆかりの遺品が多く所蔵されているようです。
世の中には様々な人生がありますね。
写真にある句碑の碑文は「焚くほどは 風がもてくる 落ち葉かな」という有名な俳句です。これは、長岡藩主牧野公が良寛の庵を訪問して、長岡に寺を作るからぜひ長岡に来てほしいと申し出をした時に、彼が差し出した句だという。藩主はそれを断りの返事と考えて帰ったという。
風が吹くと沢山の落ち葉が落ちてきて、それを掃いて掃除すると、焚き火ができるほどの量になります。実際に見学してみると、良寛のいる山中の草庵は、秋にそうした落ち葉が掃いても掃いても溜まってゆくと思われます。通常はそれを、大変に煩わしいと思うでしょう。 つまり、寺の住職など煩わしいからダメです、という答えだと藩主は考えたわけです。
このように、俳句や歌によって返事をすることが、昔はよく行われていたようです。
これで思い出すのは、江戸城を作った太田道潅(おおたどうかん)の故事です。彼が少数の部下を連れて鷹狩りに出かけた折に、雨に降られて近くの民家に雨宿りをしたことがありました。
身を寄せた民家から出てきた女性に、体が濡れないように蓑を貸して欲しいと部下が頼むと、その女性は申し訳なさそうに山吹の枝をそっと差し出したというのです。それを見て、部下はその家から離れて帰るよう道潅を促したのでした。
道潅は帰路に、なぜその女性が山吹の枝を出したのか。また部下がそれ以上質問をせずにそこから引き上げたのかを問いただしました。 するとその部下は、その家は貧しいので、貸す蓑がないという返事だったことを告げます。彼は「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに 無きぞ悲しき」という歌を引き合いに出して、「実のひとつだに無き」を「蓑ひとつさえ無い」という意味に取れば、その山吹の枝を差し出した意味がわかると述べたのでした。それを聞いて、貧しい農家の女性でさえ、そのような歌を知っている事に道潅は大いに感心したということです。昔の人達のつつましさや、歌心がわかる逸話でした。(この女性は、かつては良家の子女で今は落ちぶれた家の女性であった可能性が大きい)
★他の情報など
●ニュートン6月号には「太陽の北極も南極もN極になった」という記事がありました。
太陽磁場の観測装置に「マグネトグラフ」があります。これは太陽表面の磁極の極性を知ることができるものです。おそらくこの観測装置により調べられたことだと思うのですが、太陽の観測をしていた観測衛星「ひので」がこのことを発見したようです。
通常の磁石とは異なる太陽磁場のこの奇妙な性質を説明するには、かなりの文章や知識が必要となるので、ここでは割愛いたします。興味のある方は類書をお調べください。
●放射性物質を可視化するカメラができた
やはり同じニュートンの記事からです。宇宙開発の担当部署であるJaxaが開発した、宇宙で使用するガンマ線望遠鏡の原理を応用して、ガンマ線の源を可視化して見られるカメラが製作されたそうです。これは、放射能源を可視化して見ることができるので、福島原発からの放射能漏れなどの位置の特定やその対処に威力を発揮しそうです。
●現在、世界の人口は72億人とも言われますが、どこまで増えるのか、この人口の爆発的増加がどこまで続くのか注目したいところです。一方、日本の人口は昨年、前年より25万人ほど減少したという政府の報告があります。
●私たちの銀河系に惑星が1000億個も存在している?
太陽系外の他の惑星を探している研究チームが発表したお話です。それによると、太陽以外の他の恒星にも、惑星が1つ以上はあるという新たな予測が公表されたとのこと。(ニュートン2012年4月号より)それらを統計的に分析した結果、この銀河系の中には、惑星が1000億個も存在しているという予測がなされたそうです。
植木淳一
私は、所要で5月19日から新潟市に出かけていたのですが、21日の朝はこれを見ました。食の時にはあたりが少し暗くなったのを覚えています。しかし、食が始まってから終わるまでのこの時間は長くて、他の用事を足しながらの観測となりました。日本で日蝕が見られるのは25年ぶりのことと聞いています。
また、金星が太陽面を通過するイベントが、来る6月6日に起きるそうです。こちらはこの後100年くらいは起きないので、今、生きている人達にとっては最後の観測チャンスとなるでしょう。 この観測には、日蝕を観測した太陽観測用メガネがまた使えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%98%9F%E3%81%AE%E5%A4%AA%E9%99%BD%E9%9D%A2%E9%80%9A%E9%81%8E
私は土曜日にでかけてからこの三日の間、新潟市に居ましたが、日曜日は時間にゆとりがあったので、良寛禅師の遺跡めぐりをしました。具体的には五合庵に車ででかけたのです。国上山の山上近くには、越後の国最古のお寺と言われる真言宗の国上寺がありまして、五合庵はそのふもとの本覚院の上方にありました。
良寛さんは曹洞宗の禅僧で、商家の橘屋の長男として生まれたが、18歳で出家して、国仙和尚に随行して備中の国の円通寺で修行を重ねる。その後、39歳の頃に帰郷して、いくつか転居した後、なぜか真言宗のお寺である国上寺に身を寄せ、そのふもとにあった五合庵に47歳の時から住みました。(五合庵の住み主としては五代目にあたる)
彼は書家や歌人として有名ですが、その人柄が特に庶民に愛好されたのではないかと思われます。彼の伝記には子供たちとの微笑ましい交流話などが残っています。また、私が子供の頃に聞いた歌には、彼の家の縁の下から竹の子が生えてきたので、床に穴を開けてその成長の邪魔をしないようにした、という話があります。
部屋の床から竹が生えている、この風情!!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E5%AF%9B
「この里に 手まりつきつつ 子供らと
遊ぶ夕日は 暮れずともよし」 良寛
ともあれ、彼は世俗の名声や功名とは縁の無い暮らしをして、70歳のときに、30歳の美貌の貞心尼との出会いをしたなど、御伽噺のようなお話があった人でした。(74歳没)国上寺や本覚院(住職が良寛さんの遺品収集家)には良寛さんゆかりの遺品が多く所蔵されているようです。
世の中には様々な人生がありますね。
写真にある句碑の碑文は「焚くほどは 風がもてくる 落ち葉かな」という有名な俳句です。これは、長岡藩主牧野公が良寛の庵を訪問して、長岡に寺を作るからぜひ長岡に来てほしいと申し出をした時に、彼が差し出した句だという。藩主はそれを断りの返事と考えて帰ったという。
風が吹くと沢山の落ち葉が落ちてきて、それを掃いて掃除すると、焚き火ができるほどの量になります。実際に見学してみると、良寛のいる山中の草庵は、秋にそうした落ち葉が掃いても掃いても溜まってゆくと思われます。通常はそれを、大変に煩わしいと思うでしょう。 つまり、寺の住職など煩わしいからダメです、という答えだと藩主は考えたわけです。
このように、俳句や歌によって返事をすることが、昔はよく行われていたようです。
これで思い出すのは、江戸城を作った太田道潅(おおたどうかん)の故事です。彼が少数の部下を連れて鷹狩りに出かけた折に、雨に降られて近くの民家に雨宿りをしたことがありました。
身を寄せた民家から出てきた女性に、体が濡れないように蓑を貸して欲しいと部下が頼むと、その女性は申し訳なさそうに山吹の枝をそっと差し出したというのです。それを見て、部下はその家から離れて帰るよう道潅を促したのでした。
道潅は帰路に、なぜその女性が山吹の枝を出したのか。また部下がそれ以上質問をせずにそこから引き上げたのかを問いただしました。 するとその部下は、その家は貧しいので、貸す蓑がないという返事だったことを告げます。彼は「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに 無きぞ悲しき」という歌を引き合いに出して、「実のひとつだに無き」を「蓑ひとつさえ無い」という意味に取れば、その山吹の枝を差し出した意味がわかると述べたのでした。それを聞いて、貧しい農家の女性でさえ、そのような歌を知っている事に道潅は大いに感心したということです。昔の人達のつつましさや、歌心がわかる逸話でした。(この女性は、かつては良家の子女で今は落ちぶれた家の女性であった可能性が大きい)
★他の情報など
●ニュートン6月号には「太陽の北極も南極もN極になった」という記事がありました。
太陽磁場の観測装置に「マグネトグラフ」があります。これは太陽表面の磁極の極性を知ることができるものです。おそらくこの観測装置により調べられたことだと思うのですが、太陽の観測をしていた観測衛星「ひので」がこのことを発見したようです。
通常の磁石とは異なる太陽磁場のこの奇妙な性質を説明するには、かなりの文章や知識が必要となるので、ここでは割愛いたします。興味のある方は類書をお調べください。
●放射性物質を可視化するカメラができた
やはり同じニュートンの記事からです。宇宙開発の担当部署であるJaxaが開発した、宇宙で使用するガンマ線望遠鏡の原理を応用して、ガンマ線の源を可視化して見られるカメラが製作されたそうです。これは、放射能源を可視化して見ることができるので、福島原発からの放射能漏れなどの位置の特定やその対処に威力を発揮しそうです。
●現在、世界の人口は72億人とも言われますが、どこまで増えるのか、この人口の爆発的増加がどこまで続くのか注目したいところです。一方、日本の人口は昨年、前年より25万人ほど減少したという政府の報告があります。
●私たちの銀河系に惑星が1000億個も存在している?
太陽系外の他の惑星を探している研究チームが発表したお話です。それによると、太陽以外の他の恒星にも、惑星が1つ以上はあるという新たな予測が公表されたとのこと。(ニュートン2012年4月号より)それらを統計的に分析した結果、この銀河系の中には、惑星が1000億個も存在しているという予測がなされたそうです。
植木淳一
2012年5月16日水曜日
★近況など・・・・
★近況など・・・
最近は、とてもよい気候になりましたね。晴れた日に青空が広がる光景は、気持ちをとても和やかにしてくれます。そのためと健康のために、なるべく戸外に出て新鮮な空気を吸ったり、暖かな日差しを楽しもうと考えます。
こうした光景に浸っていると、世界を創造した「創造主」が存在するならば、物質的に生命全体を養い生かしているだけでなく、精神的にも人間に十分な恵みを与えられる存在ではないかと思うのです。
ここだけの話ですが、最近ゲームにはまっているのは、ネットが面白くないからで、また人間関係も貧困だと言うことができます。(またしても「ムジュラの仮面」をはじめてしまった。これも大変なゲームでした。)
私はこの何年かの間、ネット活動に関して、インターネットを辞書的に使用するくらいのことで、人的な交流としてはほとんど使用できていないことが思い起こされます。以前には2チャンネルがあったのですが、有料化後、お金を払わないと書き込みもできなくなってからは疎遠となっています。ここ2年ほどは、ここと自分のフェースブックと自分のホームページのみの活動ですが、それも二~三日おきに見に行く程度です。
どこか、面白いところ(BBS等)があったら、教えてください。・・・独居老人の独り言です。
植木淳一
こうした光景に浸っていると、世界を創造した「創造主」が存在するならば、物質的に生命全体を養い生かしているだけでなく、精神的にも人間に十分な恵みを与えられる存在ではないかと思うのです。
ここだけの話ですが、最近ゲームにはまっているのは、ネットが面白くないからで、また人間関係も貧困だと言うことができます。(またしても「ムジュラの仮面」をはじめてしまった。これも大変なゲームでした。)
私はこの何年かの間、ネット活動に関して、インターネットを辞書的に使用するくらいのことで、人的な交流としてはほとんど使用できていないことが思い起こされます。以前には2チャンネルがあったのですが、有料化後、お金を払わないと書き込みもできなくなってからは疎遠となっています。ここ2年ほどは、ここと自分のフェースブックと自分のホームページのみの活動ですが、それも二~三日おきに見に行く程度です。
どこか、面白いところ(BBS等)があったら、教えてください。・・・独居老人の独り言です。
植木淳一
2012年5月13日日曜日
食糧と肥満 BMIのお話し
最近は、晴れた日に表にでると、とても気持ちが良いですね。なぜか自然界の美しさや、「新鮮さ」を感じるこの頃です。晴れた日は表にでて、できるだけ日光を浴びることにしました。
しかし、アニメ映画「となりのトトロ」に出てくる娘さん達の名前が「さつき」と「メイ」なのは、この「五月」を意味していて面白いです。(五月は日本の古語で「さつき」、英語で「メイ」ですから。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%88%E3%83%AD
この映画の物語はアニメで制作されたのに、なぜか「愛知万博会場」の跡地(公園)には、実物の家が建っていました。
先日、スカパーで世界の食料事情を主題にした番組をやっていました。
それによると、地上では140億人の人間が養えるといいます。しかし現在、地上には何億人かの飢えた人達がいるし、その一方で肥満の問題があります。
新聞によると、世界の肥満の人口は現在19億人に増えたといいます。そして、年間260万人が肥満が原因で死んでいるとか。日本の肥満人口は166位で、下位にあるので、一応この点では及第していると考えられます。
この調査は、BMI≧30の成人人口の割合を比較したものです。(2008年WHOによる調査) このBMI(ボディー・マス・インデックス)は、BMI=(体重{kg})÷(身長{m}の二乗)で計算され、BMI≧25から「過体重」となり、BMI≧30だと「肥満」となるそうです。
1位:ナウル(71.1%)
2位:クック諸島(64.1%)
3位:トンガ(59.6%)
・・・
24位:米国(31.8%)
・・・
47位:英国、ロシア(24.9%)
・・・
83位:ドイツ(21.3%)
・・・
108位:イタリア(17.2%)
・・・
120位:フランス(15.6%)
・・・
141位:韓国(7.3)
・・・
151位:中国(5.6%)
・・・
166位:日本(4.5%)
・・・
182位:インド(1.9%)
・・・
189位:バングラディッシュ(1.1%)
アジア諸国に肥満が少ないのは、食生活が比較的健全な人達が多いからではないかと考えました。どうでしょうか。
過去に「サーチュイン遺伝子」なる「長寿遺伝子」が発見されたというニュースが流れました。その問題を扱ったテレビ番組の情報では、この遺伝子は人間にもあるそうです。その番組では、普通の食事の60%程度に節食したサルが長生きで老化速度も遅く、いつまでも若々しく元気であったそうです。人間もそうありたいと願うのは誰しも同じでしょう。 それで、節食をし始めるのですが、なかなか食欲には勝てず、中途で挫折してしまうのが実情です。そうなると、怠け者でも同様の効果があるという「レスベラトロール」なる健康食品に頼りたくなるのも人間です。(???)
現在、世界には糖尿病の問題もあるので、個人的にも食生活を良くしてゆこうと言う努力を今後も続けたいと考えています。
ついに、2012年になりましたが、世間は相変わらずの不景気と喧騒の中にいます。各国の経済的な危機感も、まだ増大し続けるものと考えられます。
過去に、末期的症状であった小国の財政難を、涙ぐましい努力で改善し続け、ついに黒字へと転換を果たした「上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)」氏の活躍が思い起こされます。彼はその功労により、財政危機を抱えていた徳川将軍からも誉められたそうです。また、故ケネディ大統領が尊敬する人物として挙げたという話も聞きます。世界は彼のような人材を求めているのでしょう。とはいえ、今後、世界がどうなるのか、がぜん注目し続けたいところではあります。
植木淳一
しかし、アニメ映画「となりのトトロ」に出てくる娘さん達の名前が「さつき」と「メイ」なのは、この「五月」を意味していて面白いです。(五月は日本の古語で「さつき」、英語で「メイ」ですから。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%88%E3%83%AD
この映画の物語はアニメで制作されたのに、なぜか「愛知万博会場」の跡地(公園)には、実物の家が建っていました。
先日、スカパーで世界の食料事情を主題にした番組をやっていました。
それによると、地上では140億人の人間が養えるといいます。しかし現在、地上には何億人かの飢えた人達がいるし、その一方で肥満の問題があります。
新聞によると、世界の肥満の人口は現在19億人に増えたといいます。そして、年間260万人が肥満が原因で死んでいるとか。日本の肥満人口は166位で、下位にあるので、一応この点では及第していると考えられます。
この調査は、BMI≧30の成人人口の割合を比較したものです。(2008年WHOによる調査) このBMI(ボディー・マス・インデックス)は、BMI=(体重{kg})÷(身長{m}の二乗)で計算され、BMI≧25から「過体重」となり、BMI≧30だと「肥満」となるそうです。
1位:ナウル(71.1%)
2位:クック諸島(64.1%)
3位:トンガ(59.6%)
・・・
24位:米国(31.8%)
・・・
47位:英国、ロシア(24.9%)
・・・
83位:ドイツ(21.3%)
・・・
108位:イタリア(17.2%)
・・・
120位:フランス(15.6%)
・・・
141位:韓国(7.3)
・・・
151位:中国(5.6%)
・・・
166位:日本(4.5%)
・・・
182位:インド(1.9%)
・・・
189位:バングラディッシュ(1.1%)
アジア諸国に肥満が少ないのは、食生活が比較的健全な人達が多いからではないかと考えました。どうでしょうか。
過去に「サーチュイン遺伝子」なる「長寿遺伝子」が発見されたというニュースが流れました。その問題を扱ったテレビ番組の情報では、この遺伝子は人間にもあるそうです。その番組では、普通の食事の60%程度に節食したサルが長生きで老化速度も遅く、いつまでも若々しく元気であったそうです。人間もそうありたいと願うのは誰しも同じでしょう。 それで、節食をし始めるのですが、なかなか食欲には勝てず、中途で挫折してしまうのが実情です。そうなると、怠け者でも同様の効果があるという「レスベラトロール」なる健康食品に頼りたくなるのも人間です。(???)
現在、世界には糖尿病の問題もあるので、個人的にも食生活を良くしてゆこうと言う努力を今後も続けたいと考えています。
ついに、2012年になりましたが、世間は相変わらずの不景気と喧騒の中にいます。各国の経済的な危機感も、まだ増大し続けるものと考えられます。
過去に、末期的症状であった小国の財政難を、涙ぐましい努力で改善し続け、ついに黒字へと転換を果たした「上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)」氏の活躍が思い起こされます。彼はその功労により、財政危機を抱えていた徳川将軍からも誉められたそうです。また、故ケネディ大統領が尊敬する人物として挙げたという話も聞きます。世界は彼のような人材を求めているのでしょう。とはいえ、今後、世界がどうなるのか、がぜん注目し続けたいところではあります。
植木淳一
2012年4月22日日曜日
★2012年の桜 ・・・ 残る & スペースシップ2
今年の桜は、やはり遅いようで、4月22日現在で未だに花が残っています。現在は、桜の木に青葉が沢山あり、花と並存してます。いつもは花が散ってから葉が出始めるのですが、これはかつて見ない風情です。しかも、もう八重桜が咲き始めていますね。
はじめの写真三枚は、稲毛で十日ほど前に撮影したもので、後の三枚(下)は今朝撮影したものです。曇りで日差しが良くないので、シャッター速度も遅く、写りが悪いです。
下の三枚の写真は遊歩道ですが、かつての習志野の騎兵連隊へと続く鉄道線路が通っていた所です。私の幼い頃には線路があり、時々、線路上をトロッコのような単車が走っていました。今は線路が取り払われて並木道ができ遊歩道となっています。
2012年の春の桜は、天候の不順から遅咲きということで決着でしょう。
昨日のお昼に、NHKの「サイエンスZERO」で「民間宇宙旅行」に関する番組をやっていました。
米国の「スペースシップ2」は民間人の設計開発したロケット型宇宙船です。これは、高度200kmに上昇して、数分間の無重力状態を楽しむ宇宙旅行となります。すでに「スペースシップ1」で高度100kmへ昇る実験が成功しています。こちらは3人乗りの宇宙ロケットでした。しかし、新たに開発された「スペースシップ2」の方は7人乗りなので、二倍近い大型化がなされています。同番組では、この旅行会社が主催した、予約客数百人を集めてのセレモニー式典が紹介されていました。
その中で、インタビューに答えた日本人の中年のご婦人が、「自分が宇宙に出たときに、何を考えるのか、何を感じるのかが、熱烈に知りたいです」と、答えたのが印象的でした。
宇宙空間では、地球の習慣的想念帯から少し離れられるので、受ける印象が違うのではないかと思われるふしがあります。
とにかく、この「スペースシップ2」は、今年中に旅行客たちを乗せて宇宙へ飛び立つ予定だそうです。
それにしても、この旅行では、一人当たりの宇宙旅行費用が1600万円と高値の花です。これでは、お金持ちのごく一部の人達しか宇宙旅行に行けないですね。
また、米国のモハーベ砂漠には、このような企業関連の14社の民間宇宙開発企業が集まっているそうですし、ここに宇宙港が出来たことで、民間の宇宙開発の拠点となりそうです。つまりIC関連のシリコンバレーと対比される、宇宙旅行の拠点地域となる可能性が大です。
同番組中でもうひとつの話題であった「軌道エレベーター」ですが、こちらの実現にはまだ困難がありそうです。しかし、高度600mに揚げた気球に綱を吊るして、その綱にエレベーターを走らせる実験をした光景には興味が湧きました。この高度がもっと高ければ、気象庁の観測機器をエレベーターで上げ下げして気象観測に利用できます。また、テレビカメラをエレベーターに取り付けて、地上の風景を撮影するだけでも面白そうです。うまくすれば、人間もエレベーターで上り下りできるかもしれません。これは少し危険ですが、観覧車も高いところからの景色を眺めるものです。それに似たものが、もっと高い場所でできる可能性がある、というだけの話です。
さらなるアイデアは、成層圏に上げた気球に綱をぶらさげて、その綱を観測機器を載せたエレベーターを上下させながら気象観測を行うというものです。こちらも、どれくらいの必要性があるのかわかりませんが、気象庁では、気象観測用のラジオゾンデを打ち上げているので、この装置でその代行ができるのではないかと考えました。
その反面、こうした事業に一生を掛けたり、血熱を揚げている人達がいます。また、豪華客船で世界一周の旅をしている人達も沢山います。それを考えると複雑な気持ちになります。
しかし、逆に考えると、恵まれた生活をしている人達は、そうした多数の人達に、先進的な恵まれた生活をもたらす活動をするべきだ、という結論になるでしょう。またこれは、ある意味で発展途上の、地上にいる人類の多面性を現しているのだと思いました。
植木淳一
★2012年の桜
2012年4月11日水曜日
■何もしない、素晴らしきゲーム三昧の日々
★ゲームをなぜ始めたのか等私がテレビゲーム「ゼルダの伝説」に出会ったのは、昨年の暮れでした。
当時は既に「ニュースーパーマリオブラザース」のDS版(三つ星)とWii版(五つ星)をクリアーして、ゲームもやめていたのです。しかし、Wiiに付属しているインターネット通信機能を利用して、何か新たな交友関係ができないものかとネット接続をしてみたのです。幸いなことに、三年ほど前にWiFi端末をWiiとセットで購入してあったので、少し古いから大丈夫かなと恐る恐る使用してみたのです。
そして、N堂のホームページにアクセスをしたのです。
そこに紹介されていたのが、「ゼルダの伝説 スカイウォード・ソード」でした。この「ゼルダの伝説」シリーズは、なんと25年間もの期間、製造と発売されていたものだというのです。そして、その最新作がこのソフトでした。つまりは25周年記念版だったのです。それで私は、それだけの長期間、発売され庶民に愛されているゲームはどのようなものかに興味を持ちました。そして、ついにアマゾンで購入したのです。
しかし、いざ始めてみると大変なものでした。このゲームは、最終までストーリーがあり、その本筋を進んでゆくと、最後の決戦まで連続してゲームをクリアーしてゆかなければならないのです。行方不明になった少女ゼルダを探して、精霊(?)ファイに導かれながら主人公リンクの冒険は続きます。
しかし、ゼルダの伝説を始めると、その面白さと対戦に熱中して寝食を忘れてしまうほどでした。何日も飲まず食わずで、疲れ果てるまでゲームに熱中しました。そして睡眠をとり、体力や気力が復活すると、またゲームにののめり込むという状態でした。あるとき、たまにはお風呂に入らなければと思い、湯船にお湯を張り風呂に入ったのですが、突然目の前が真っ暗となり、気分が悪くなり風呂場の床に這いつくばりました。おそらく貧血が生じたのでしょう。気が遠くなってゆくのを感じながら、これはもうだめかなと感じました。しかし、しばらくして、また通常の意識状態に戻ったので事無きを得たのです。おそらく、相当な自制心と忍耐力がないと、普通の勤め人には出来ないと思います。
途中からは攻略本を購入して、それを元にゲームを進めました。自分の直観力やインスピレーションに頼っていただけなら、おそらく何年もかかるでしょう。
しかし、個々のゲームをクリアしてゆく時には、ある程度の達成感があり、またゲーム中の一つの神殿や地域を通り抜けた後には、なんとも言えない満足感(自己満足だが)や清清しさが感じられたのでした。結局、ゲームを続ける気になるのは、そうした達成感や満足感が得られるからだと思うのです。
結論から言うと、このゲームのネット利用は初期の目的とは別の方向に進んでしまいましたが、この三ヶ月半の間、ゲームの世界を存分に堪能したと言えると思います。
○四年前の推間板ヘルニアによる歩行障害とゲームのはじめ
このようなことになるのも、毎年、年末になるとある焦燥感に追い立てられるのです。そして、なぜか車で逃避行動に移るのが常でした。しかし、腰骨が推間板ヘルニアになってから、この4年間ほどの間自由に動き回れなかったのです。それは、おそらく重いものを持ち、腰骨をねじったことが原因ではないかと追想しています。ある朝、突然に下半身の感覚が無いことに気がついたのです。トイレに便座に座っても、お尻に何かが触れている感覚がありません。そして、足がうまく動かないのです。なんとか立ってゆっくりと歩けることは歩けたのです。
それで車を何とか運転して医者に行き、レントゲンを撮影したら、ある場所の腰骨の間隔が他の背骨の間隔より極端に狭くなっていたのです。医者は軟骨が磨り減っているというのです。年寄りには多いということでした。そして医師は、ビタミンB12製剤と消炎剤の張り薬を出したので、それを使用していました。また、二年ほど前からは背骨を引っ張ったりしていました。それで、次第に下半身の感覚が戻ってきたのです。当初は車のアクセルを踏む足も、どこを踏んでいるのかがわからなくて、足元を見ながらのノロノロ運転でした。結局、背骨の間から出ている神経が、狭くなった背骨の間に挟まって下半身の障害が生じていたのでしょう。テレビではリハビリが有効だということでしたが、推間板ヘルニアは7割り程度までしか回復しないという話がありました。
私は父親が13年前に亡くなってからは全くの一人暮らしでしたが、そうなってからは、誰か他人を頼むこともしなかったので、食材を買いに出かける位のことしか出かける事は無かったのです。また、私はアパート経営をしていたことで、なんとか助かっていたわけです。
それで、ニューマリオブラザーズのゲームソフト等を購入して遊んでいたのでした。これらのゲームにより、他には何にもできませんが、ボケ防止効果は十分にあったのではないかと自己満足的な評価をしています。
よくゲーム中毒という言葉があります。私はこの三ヶ月半の間に「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」「同 トワイライト・プリンセス」、「同 夢幻の砂時計」、「同 時のオカリナ」(現在進行形)と連続して時間を使ってしまいました。
最近では、足の裏に肉がついている感覚がだいぶ薄れてきているので、ヘルニアも大分良くなったのではないかと考えています。
植木淳一
2012年4月8日日曜日
★そろそろ桜も満開となるでしょうか。「近況など」
【写真は近所にある梅林の一角の光景です。3月24日頃撮影】昨日、買い物に出かけて気が付いたのですが、桜がそろそろ満開ですね。風も温かくなり、春も隆盛期になりました。
最近はゲームにハマってます。
昨年の12月24日に入手した「ゼルダの伝説 スカイウォード・ソード」に始まり「ゼルダの伝説 トワイライト・プリンセス」、「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」、そして最近入手した「ゼルダの伝説 時のオカリナ」と続いています。ほとんど他には何もしない状態です。・・・というよりは、日常で、ほとんど他に楽しみもないのです。
「スカイウォード・ソード」は1月28日に初めて「終焉の者」を倒せました。また、2月26日には「トワイライト・プリンセス」の最後、ガノンドロフを倒して一応終了。また、「スカイウード・ソード」も、辛口モードで終了。「夢幻の砂時計」は、その後スタートで、3月30日には最後のゲームで「ベラムー」を倒して一応、完了! 4月1日より「時のオカリナ」を始める。こちらは現在進行形ですが、今までと違い、のんびりやろうと考えています。
本当は、死ぬまでに本でも一冊残したいところですが、それほど落ち着けない精神状態にあり、また内容を考えると危ないし、うまく出版できのではないかと感じています。
これも、離婚してから独身状態が続いているので、このように好き勝手なことが出来るのではないかと思います。
(離婚して29年目になります。親のおかげでアパート経営者になってから十年以上が経ちました。アパートの建設ローンがあるので、なんとかサブ収入がほしいところですが、無芸のためと、ある困難な状況下に居るために難しいです。その困難が解決されるまでの間は窮乏生活です。)
植木淳一
2012年3月24日土曜日
■社会全体で、苦楽を皆で分かち合おう! というアイデア・・・
かつて、リンカーン大統領の言われた「人民の、人民による、人民のための政治」という言葉があります。この言葉の意味する、民衆一人一人が良いと思うような事を、私たちの代表である政治家が行ってくれることが、民主政治の基本であり、また理想でしょう。
■今は不景気のご時世なので、ゆっくりズムも良いかも。
各国のお昼休みの時間を調べてみると、一時間以上昼休みを取る国があるのは事実のようです。たとえば、フランスでは一時間半から二時間のお昼休みがあり、スペインやフランスでは「シエスタ」と言って、昼寝を含む3時間のお昼休みの習慣があるようです。また、中国にも昼寝をする習慣があるようですし、インドネシアもお昼休みは3時間もあるそうです。そうした体制は、怠け者の私には真にうらやましい体制に思われるのです。
私もサラリーマンをしていた時に、昼食後はディスクワークをしていると眠くなるし、ハードな仕事だと消化に良くないと感じたことがありました。だから日本のように、正午から45分とか一時間で昼食時間を済ませるのは、体に良くないのではないかと考えるのです。意外と日本人に胃ガンが多いのは、そうした食生活が原因かもしれないなどと思ったのです。
だから、日本人も30分昼休みを延長して、帰りの時間はいつも通りという勤務体制も悪くはないと考えるのです。
今回の東北大震災の後に電力制限がありました。このときに、店内の照明は暗くなり、銀行や商店、スーパーなどの操業時間が短縮された時がありました。結局、銀行などが操業短縮しても、社会に大混乱が起きるという事はなかったのでした。だから30分くらいの昼休み時間の延長や、就労時間の短縮を日本社会全体が行っても、それほどの混乱はないと思われるのです。しばらくすれば、皆がその体制に慣れてしまう可能性が高いのではないでしょうか。
■社会全体で、パイの再配分を行うアイデアは・・・
さらに、この操業時間の短縮は、実は失業率を解消する効果があると思ったのです。
たとえば50人の職場に対して、7.5時間の就労時間だったところが一日30分の時間短縮がなされると、50(人)×30(分/日)=1500(人・分/日)=>25(人・時間/日)が不足することになります。
これは、一人当たり一日7時間勤務とした場合、25÷7≒3.6で、50人の職場では一日あたり約3.6人分の仕事が不足することになります。つまり、この会社の仕事量が変わらなければ、これだけの人数(3.6人)を新たに雇う必要がでてくるわけです。(こうした労働力や工数の考え方は経営者側の考え方です。)
同様にして、100人の職場だとこの二倍の約7.2人(日)分の仕事量が余剰として生まれます。また、経営者や管理者は、そうした作業時間の減少から作業量の減少分を各社員に分配して、時間内に仕事をこなせるように仕事量を再構成する必要がでてきます。結局、30分の時間短縮で減少した作業量(7.2人・日)を、新たに社員を雇って消化する必要がでてきます。つまり、それだけの雇用が生まれるはずなのです。(小数点以下の数値は、アルバイトやパート社員で補うことになります。)
この論理から推定して、日本の就業人口が仮に4千万人だとすると、30分の就労時間の短縮で4千万(人)×0.5(時間/日)÷7(時間/人)≒285.7万(人/日)で、一日あたり285.7万人の労働人口が必要となるわけです。この数値を見ると、現在の就職難が解消するのではないかと思えるのです。もし効果がなければ、さらにもう30分就労時間を短縮するのです。
そのようなわけで、労働基準法の改正等で、一日の労働時間を短縮すると、失業率減少に貢献するという論理でした。
これは社会全体で長引く不況に対して、共に苦楽を分かち合うという姿勢になるのです。つまりは、パイにありつけずホームレスになったり、餓死や自殺する人が少なくなる方法でもあるわけです。
しかし、操業時間を短縮しなくても、お昼休みを1時間から30分くらい延長することで、だいぶ体には良い体制が日本の社会にも出来るのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
植木淳一
2012年3月14日水曜日
■一日一善(いちにち・いちぜん)運動
○「一日一善、運動」これは昔学校などでも聞いた言葉ですが「一日一善」というのは、一日に一つ、良いことをしよう、という意味です。
仏教には「布施(ふせ)」という言葉があります。人に施(ほどこ)しをする事ですが、信者が僧に財物を施すことを財施、僧が信者に教えを説くことを法施というのだそうです。
かつては出家した修行者が鉢(はち)を持ち、食事などを請うために歩きまわる托鉢(たくはつ)がありました。これは修行者にとって最も基本的な修行のひとつでありました。そして、托鉢をしている修行者に一般人が食事を恵むことが一般になされていました。
そうした時代には、托鉢僧に食事を与える、という行為が「善」とされたわけです。しかし現代(の日本)ではそうした僧はいなくなりました。
かつて、テレビのコマーシャルに「老人に席を譲った」り「坂道で重い荷物を押している人を手伝」ったりする映像が流れました。これは政府のコマーシャルでしたが、世間に「暖かい行為」や「潤いのある人間関係」が広まることを願っての宣伝ではなかったかと思われます。
善なることをするのは、そうしたちょっとした事でよいのです。その場合、自分が出来ることをする、というのが重要です。
かつて私が、都内の繁華街へ遊びに出かけた時のことです。その時、私は歩き疲れて、街裏の公園のベンチに座り休んでいました。
すると、その前ベンチの前にある、大きな籠型のゴミ箱に近づいてきた人がいました。彼は、そのゴミ箱から食物を探し始めたのです。なにか弁当のようなものを探し出して、そこから残飯を食べたりしています。身なりも古い衣服で所々擦り切れた物を着ています。
私はその光景を見て衝撃を受けました。やがて、何かしなければならない、という強い衝動に駆られました。おそらくその人は、お金がなくて食事にも困っていると推測できました。しかし、こうした人達に衣・食・住、全てを満足させて更生させるには、何百万円という大金がかかる事は明白です。その当時の私には、とても出来ない事のように思われました。
しかし、何かしようと決断した私は、残り少ない財布から二千円を出すと、その人の手に握らせて「これで何か買って食べなさい」と言って相手に渡し、そこを立ち去ったのです。相手は少し驚いたような顔をしましたが、「それはありがとう」と言ってそれを受け取ったのです。
結局、私がしたことは、一食分の食事代を与えることくらいでした。
しかし、世の中に善意が満ちて、通行人が皆、一食分の食事代をそうした人に恵むことができれば、その人は、毎日、食事代が得られるのではないかと思うのです。そして飢えることはなくなります。それでとりあえず、その人は助かっているわけです。
最近では、マクドナルドの一個百円のハンバーガーでも食事ができますから、他にコーラとポテトチップスというように、五百円でも一食分の食事ができるかもしれません。また、コンビニのお弁当などでも、一応、一食分の食事が食べられます。結局、その人が出来ることで良いのです。
こうした世の中ですから、食事代を恵むことより、満員電車でお年寄りや体の不自由な人に席を譲ることの方が多いかもしれません。それでも「一善」となるわけです。また、道を聞かれて、丁寧に道を教えることも一善となるでしょう。また重い荷物を持って、苦労しながら階段を上っている人を見かけたら、階段の上まで持って手伝ってやる、などの事があります。つまりは、困っている人を助けたり、やってあげると相手が喜ぶような、そうした「善意の行為」を、常に探し続けることが重要だと思うのです。
世の中に「善意」がひとつでも増えれば、それだけ世の中も良くなると思うのです。
今朝は、そんなことを寝起き際に思い起こしました。
植木淳一
2012年2月27日月曜日
■この二ヶ月間、テレビゲームに熱中していました。
じつはこの二ヶ月あまり、ゲームに凝ってしまい、ろくに食事も取らないで熱中していました。それはN堂の「ゼルダの伝説」というゲームでした。このゲームを知ったのは、それ以前にやっていた「ニュー・スーパーマリオ・ブラザース」というゲームを終えて、発売元のホームページを見たからです。それには「ゼルダの伝説」のゲームが発売25周年記念を迎えていたことを知りました。なんと、このゲームのシリーズが25年間も発売を続けていたというのです。
その秘密を知るために、その25周年パックというのを昨年末に購入したのです。これが、そもそもの始まりでした。
★★。あらかじめ断っておきますが、このゲームは、通常の仕事をしている人にとっては大変なストレスとなるので、ご注意ください。★★。私のように不動産の賃貸業(俗に大家)をしてる者だから出来たと思うのです。(ご本人の性格にもよると思いますが)
もともと、私はいい年なので、ボケ防止に「塗り絵」をするか何か別のものをやるかと考えていて、DSゲーム機を購入したのです。これは英会話などの色々なソフトが使えるので、一台あれば携帯(持ち運び)も出来るので便利だと考えたのです。
最初は「ニュー・スーパーマリオ・ブラザース」のゲームでした(2年前くらい)。こちらは、最初にDS版を購入し、それが終わってしばらくすると、なにか別のソフトを使いたくなりました。それで新たに出たWii版(テレビに接続して屋内で使用する)の「ニュー・スーパーマリオ・ブラザース」を購入したのです。どちらも全ゲームをコンプリート・クリアーしていて、それぞれ「三つ星」、「五つ星」になっています。
それで、また別のゲームはないかと同ホームページを見ていたのです。最初は「ゼルダの伝説 スカイワード・ソード」の25周年パックを購入しました。こちらは2011年12月24日に購入して、約一か月あまり、1月28日にクリアーしました。このソフトは二回楽しめるように出来ていて、二回目は「辛口モード」で難しくなっています。結局、それを二回楽しんだのです。
しかし、このゲームは私にとっては相当な努力が必要となりました。とはいえ、全ゲームを完了した時のすがすがしさと達成感はなんとも言い難いものがあります。また、童心に返って、一切の雑事や世間のうさを忘れてゲームの世界に没頭し熱中できるのです。じつは、こうした難しいゲームに挑戦し続けるのは、それがひとつの目的となっていたのかもしれないと後で考えました。
さて、こうしてゲームをクリアーした後に、同記念パックについているCDの音楽を聴いていたのです。すると、音楽には全作品の「トワイライト・プリンセス」の音楽がいくつか入っていました。今回の「スカイワード・ソード」の音楽はCD中8曲のうち、最後のひとつ(女神の詩)しかなかったのです。
それで勢い、2月第一週に前作の「トワイライト・プリンセス」のゲームを購入したのでした。こちらも「スカイ・・」に劣らぬ大変なソフトで、ボタンの使い方も異なるので最初は苦戦しました。いずれも沢山のゲームがあり、その個々のゲームがストーリーの一部となっていて、その集積体で全編が出来ているのです。しかし、やっと昨日2月26日に最後のゲームをクリアーして完了したのでした。
両方のゲームの根底に流れているストーリーは、光の勢力と闇の勢力の戦いです。主人公リンクは、ゲームのプレーヤーで、光の勢力に加担して、ゲーム中で闇の勢力を駆逐してゆく運命を背負っているわけです。しかし、最後に闇の勢力の親玉を倒すと、どちらのゲーム中でもその親玉が呪いの言葉を吐くのです。「これで最後だと思うな。光と闇の戦いは今後も永遠に続くのだ・・・」という意味の言葉です。(正確ではないが)
ゲーム中では、ヒントを与えたりしてプレーヤーを助け導く女性の霊的存在がでてきます。「スカイ・・」の方は、女神から遣わされた精霊「ファイ」で、「トワイ・・」の方は、影の世界のプリンセスが呪いで姿を変えられた「ミドナ」です。ミドナは、影の世界からでて光の世界を支配しようとした「ガノンドロフ」を倒して、双方の世界を平和にしようとリンク(プレーヤー)を助け活動します。
ファイの方は最後まで同じ姿ですが、ミドナは「ガノンドロフ」を倒した後、元の姿に戻るのです。この時「リンク」はその変化に驚き息を呑みます。ミドナこと影の世界のプリンセスは「どうした。なぜ黙っている。私が美人過ぎて声も出せないのか。」という言葉を吐くのですが、これは彼女のキャラクターを物語ります。
日本は、世界のテレビゲームのシェアを誇っているそうですが、こうしたゲームの面白さがその人気の一端を担っているのかなと思う次第です。皆様もテレビゲームに挑戦する時には、自制心を持って、やり過ぎないように、ほどほどにお楽しみください。
植木淳一
p.s. 私がゲームに時間を割いたのは、インターネットが人的交流には適さないとわかったからです。
2チャンネル有料化以来、ネット上での交流は極端に限定され、ほとんどない状態でした。
だから、ゲームに熱中している方が、まだ生活上で充実感があります。
たまには、こうした時間の使い方も良いのではないかと思うのです。
2012年2月25日土曜日
祝>>★冷戦体制終結から20周年
昨年は、ソ連が崩壊し人類滅亡の危機をはらんだ「冷戦体制」が終結をした年(1991年)から20周年目に当たる記念の年でした。そして、今年は冷戦体制から次の時代(ポスト冷戦体制)へと変化した年から20周年記念の年です。ソ連の人達にとっては、この年がどのような時だったのか想像の域を出ませんが、この年は末永く人類史上に語り継がれる事でしょう。
蛇足ながら、今後も十年ごとに、この記念を祝う行事を行うべきではないかと思います。というのは、人類はともすると、そうした出来事を自然に解消したかのように思い込み、油断をして、また別のこと(核兵器以外)で人類滅亡の危機を迎える可能性もあるからです。
★冷戦と世界終末時計
当時は、「世界の終末」までの時を刻む「世界終末時計」が時を刻んでいました。
これは時々マスメディアが取り上げ、とくに核兵器削減交渉が始まってからは盛んに取り上げられて話題を呼んでいました。つまり、コルバチョフ大統領とレーガン大統領との交渉が進むと、時計の針は逆戻りし、決裂すると時計の針は終末時間へと進み、カウントダウンが始まりました。これをニュース番組や新聞が取り上げて宣伝したわけです。
★冷戦体制の終結
さて、この冷戦体制の終結に関しては、1989年にベルリンの壁が崩壊したりと、その予兆がありました。この冷戦体制下では、戦略核兵器を米ソ双方が数万発も持ち、にらみ合っていました。
しかし、これは危険な体制です。一度、核兵器群による全面戦争が始まれば、米ソの領土が灰になるだけでなく、世界中が放射能で汚染され、核爆発により巻き上げられた粉塵で世界的に太陽光が遮断されるので「核の冬」が訪れて植物が育たなくなり、人類の滅亡が予見されていました。
米国のケネディ大統領の時代にはキューバ危機(1962年)がありました。当時、メキシコ湾にあるキューバ島にソ連の中距離核弾頭ミサイルの発射基地が建設されはじめました。このミサイル基地が完成すると、米国の首都ワシントンやニューヨークにミサイルが発射後十数分で着弾するので防御できません。そうなると米国市民達にとっては恐怖の日々が続くことになります。これは映画になりました。(「JFK」「13ディズ」等)
このため、大統領はミサイル基地の即時撤去を求め、受け入れられなければ基地を爆撃破壊することを宣言しました。そしてキューバ島を軍艦群で包囲して、キューバに基地を建設する資材を運搬する船を通行止めしたのです。これに対してソ連首脳は強硬な声明を出していました、このときには、一触即発、世界の終末感まで漂い始めていたのです。
ソ連の首脳のコルバチョフ大統領と米国のレーガン元大統領がその当時、会談を重ねていました。そして、ブッシュ大統領の時代にソ連が崩壊し、ロシア連邦になったのです。
★明るい幸福な未来をつくろう
2001年には、人間の細胞の中にある遺伝子、DNAに記録されているヒトゲノムの解読が完成するという、記念すべき出来事が起きました。つまり人類の遺伝子配列が決定されて、遺伝子病の治療や、人類の健康の維持、人類の寿命さえ延ばせる可能性がでてきたのです。
今後は、こうした科学文明発展の成果を、人類の幸福のためだけに使用したほしいものです。
植木淳一
●世界終末時計
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E7%B5%82%E6%9C%AB%E6%99%82%E8%A8%88
http://www.cnn.co.jp/world/30005222.html
●冷戦体制の終結
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%B7%E6%88%A6
●ソ連(ソビエト連邦)の崩壊(1991年12月25日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E9%80%A3%E5%B4%A9%E5%A3%8A
●米ソの第一次戦略核兵器削減交渉(START)調印(1991年7月)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E6%88%A6%E7%95%A5%E5%85%B5%E5%99%A8%E5%89%8A%E6%B8%9B%E6%9D%A1%E7%B4%84
●ベルリンの壁崩壊(1989年11月9日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%A3%81%E5%B4%A9%E5%A3%8A
●キューバ危機(1962年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%90%E5%8D%B1%E6%A9%9F
2012年1月5日木曜日
●謹賀新年 今年もよろしくお願いいたします。
謹賀新年今年もよろしくお願い申し上げます。
お正月は晴れた良い日和でしたが、やはり冬で少し寒かったですね。
ここ関東では元旦早々に地震がありまして、私はテレビ・ゲーム中でしたが、本棚から本が1,2個落ちてきました。そのためにあわてて脇にあった本棚を押さえ本棚が倒れないようにしていました。幸いに大した地震ではなかったようで、しばらくして収まりました。
テレビの公表によると、この地震は太平洋上の「鳥島」近海の地下360kmで発生したM7の地震でした。この近辺では震度4だったようです。なにか今年の先行きを暗示するような気がして、少し不安になりましたが、大丈夫でしょう。
●出口氏の未来展望
景気付けに、出口王仁三郎氏(1871年-1948年:大本教の教主で戦後は「愛善苑」を創建した)の預言でも少し書いてみます。(当たれば良いのですが・・・)
この宗教の重要な経典である大本神諭は「みろくの世」を予言していますが、この「みろく」とは仏教の経典にあり、末法の世に大災害が起きるが、その後に出現する「弥勒如来(みろくにょらい)」であります。彼は世の人々を導く導師的な存在のように考えられています。
■出口和明氏の「出口なお王仁三郎の予言確言」から
①「現在は、肉体が精神的な部分より上にあるが、みろくの世界では、精神的、霊的なものが肉体の上位に存在するような『霊主体従』の世界となる。また、全てのものは神からの賜り物であるという思想が世界に浸透する、といいます。また、世界は一体化するのだそうです。
②エネルギーは公害を生み出すようなものでなく、一種の磁力を用いるものとなるらしい。潮力発電や風力発電を用いることも盛んになるといいます。また、「電線が地上に張り巡らされているうちは駄目な世の中で、みろくの世の中になるとそんなものは無くなる。」というのです。これは都市の美観にも関係してくる問題で、地下に埋設するのか、あるいは別の形態なのか詳細はわかりません。こうしたエネルギーは宇宙に無尽蔵にあるというのです。
③「ボタン一つ押せば丹波にいて花のお江戸の芝居が見れる」。
これはテレビの出現を述べたものでしょう。この「映し出す機械」は腕時計式の小型のものも出来ると言っていて、「顔を見ながら世界中と話ができる」というのですから、現在の携帯電話(スマホ)のことかもしれません。また、「空中に文字を書いて押すと相手に届く」というのは、ブラウン管とか液晶画面に電子メールを書いて、それを送信することを言ってるのでしょうか。
④「時速700kmの弾丸列車が地上に浮いてブーッと行く」。
この速度の列車や鉄道はまだないですが、上海にある「磁気浮上列車」は時速300kmですから、これに近いものでしょう。でも時速700kmとなるとまだ未来のことでしょう。
⑤「東京、ニューヨーク間は45分。地球上のあらゆる地点へ行くのに3時間ですむようになる。世界日帰り旅行も可能で、世界は狭くなる」。
これに関しては、弾道軌道で宇宙空間を通過する、ラムジェットエンジン等を備えた航空機が、こうした高速移動に適しているようです。
「土の中を潜ってゆく交通機関ができる」。
「風車や歯車を駆使して、自由自在に空が飛べる」。
「絶対に落ちない飛行機ができる」。
⑥「地上の理想的な人口は56億7千万人」だといいます。
「夫婦間には自然に2,3人の子供しか生まれないようになるから、生存競争に苦しむことはなくなる」。
「体質が変わってきて、二百歳くらいから老化が始まるようになる」。
⑦「労働時間は一日3時間。人によっては1時間でいい状態になる」。
「月に五日の基本的休暇の他に三日の祭日、つごうで八日の休日を予見してしており、各個人の状況に応じて一か月分ないし一年分にまとめてとってよいようになる」。
一日3時間の労働時間というのは、まことに結構なことです。かなりの年の老人達でも働ける環境となるのでしょう。
⑧ネクタイ着用のごとき形式上の服装より、ゆるやかな古代の衣服のような優雅さがよろこばれ、生活そのものが美化されていく」。
⑨「都市の構造はといえば円形の街区となり、各都市の中心部の広場には精神的な施設の建物、文化センターなどが営まれて、いわゆる文化のエリアと称すべきものとなる。都市の人口は10万人が理想とされるが、世界の各地にはそれぞれ風土的特色が加味されていく」。
⑩「教育はまず胎教からはじまる。母親の霊的向上に力点が置かれるのだろう」。
13歳以下は小国民的教育、14歳から二十歳以下の間は中国民教育、二十一歳からは大国民教育、という教育区分ができるらしい。
「愛の心を育み育てるために、子供のときから農業に従事させて物を育てること、土に親しむことの喜びを教える。世間へでてからの資格を取るための教育は姿を消し、人格の育成、人間と人間がじかに触れ合う形の昔の塾に似た形のものが尊ばれる」。
⑪「各宗教がその最大公約数とも言うべき人類の『和』をいかに具現するかが古来宗教者の究極の願望であって、それ以外の宗教は不要となる」。
「各人の御霊の立替え建て直しが完了して、神と一体化する世、王仁三郎も『宗教のなくなる世がみろくの世だ』と言っています。
等々
なかなか信じがたい部分も多いのですが、年初にあたり、ここは既成概念を取り払って、空想の世界にしばし遊んでみるのも悪くは無いと思いました。
しかし、人類の未来はどのようになるのか、それは神のみぞ知る、ということでしょう。
できれば、美しく暖かな愛情の溢れた社会、苦労の少ない世界を期待したいです。
植木淳一
2011年12月22日木曜日
★GNH(国民総幸福量)の計測
先日の新聞に、GNP(Gross National Product 国民総生産)ならぬ、国民総幸福量(GNH: Gross National Happiness)のことが書かれていました。これはブータン国王のジグミ・シンゲ・ワンチュク氏が提唱したもので、同国ではこのGNHを増加させることが政策の中心となっているそうです。GNPは物質的な豊かさの指標となるものと考えられますが、GNHはそれでは計測できない心理的な要素が含まれます。(たとえばGNPの場合には、事故や病気など個人にとって幸福でないことであっても経済的な支出があれば加算されてしまう。)
ブータンでは、このGNHを把握する方法として、国民の中から8000人を選定して、彼らに質問をし、各項目ごとにその数値を集計して地域ごとの幸福度の地図をつくるのだそうです。その項目とは、1.心理的幸福、2.健康、3.教育、4.文化、5.環境、6.コミュニティー、7.良い統治、8.生活水準、9.自分の時間の使い方、という9つの構成要素があります。こうして、同国では1961年からGNH増大の5カ年計画が始まり、現在では第十回目の5ヵ年計画が行われています。
現在、同国では主として水力発電と観光収入が外貨の獲得(主としてインド側から)に寄与していますが、農業従事者は就業人口の66.6%と高く、同国には飢えた人は居ないらしいし食料は全て自給できています。そのためか、幸福と感じる人は全体の97%に達しているといいます。このGNHの考え方は中国でも採用する省が増え、欧米でも検討されるようになってきたようです。
さて、こうした幸福の総量を考えた場合、日本はどうでしょうか。近年、高齢者福祉が充実していきましたが、まだ、孤独死とか世界トップレベルの自殺率(年間3万人)、都会の会社の中間管理者の精神病多発、失業率が高い、生活保護所帯の増加(200万人超)、食料自給率の低迷化等の問題が山積しています。もしGNH調査を行った場合に、幸福だと答える人はブータンの97%に対して何パーセントになるでしょうか。
こうした問題は一朝一夕には解決できないかもしれませんが、やはり、日本も独自にGNHを増大させる方策を行ってゆくべきではないかと愚考する者です。もちろん、そのための指標は独自に開発しても良いと考えられるのです。
具体的な方策は政治家にお任せするとしても、たとえば、以前に高齢者増加問題を考えました。
ここで問題となるのは、高齢者は健康にも問題が生じるし、定年等で職を失い、再就職も簡単にはできないので、年金に頼らざるを得ないことです。そして年金にも問題があり、それだけで生活できる人ばかりではない(国民年金では小遣い程度)ということでしょう。
この解決策として、定年の延長(65歳かそれ以上)または廃止と、高齢者の一日の労働時間の短縮(延長も可能)や休暇の増加(週3日とか4日等)があげられます。(以前にマクドナルドをはじめとする数社が定年の廃止や延長をおこないました。また、これとは逆の意味になるかもしれませんが、定年退職の60才以前の自由化(?)を行っている会社も多いようです。こちらは、会社で得た技能や能力と退職金を使って老後の生活設計を行いやすくするものと考えられます。)
また、世の中の仕事の量を増やすために、可能な限り、パートタイム制を導入して、労働時間を細分化して多数の人達に分配する方法が考えられます。また、シルバー人材センター等の仕事量が増えれば良いのですが、そちらも採用人員の低年齢化をして、専門的な仕事の請負まで行ってゆく必要があると思われます。
いずれにしても、どのような方策がどのような結果を生じるのか未知数の部分がありますが、望ましい方策をできる限り行って、その結果を見て良し悪しを判断するのも一案ではないかと思うのです。
植木淳一
2011年12月13日火曜日
★日曜日の黄金色の夕日
一昨日(12月11日)の夕日は綺麗でした。その時、私は車で買い物に出かけていたのですが、夕暮れ時となり、空が黄色から黄金色に近いものに変化したので、夕日が見たくなってそのまま海岸に行きました。
いつもの夕暮れ時の空は、オレンジ色から赤が強くなってゆくのです。しかし、この時はそうではなかったのでした。
私が海岸に到着すると、すでに多くの人達が海岸から夕日を眺めていて、この光景を堪能しているようでした。そして皆が金色の光に包まれたかのようでした。海からの風は少し冷たさを増しています。やがて、時が経ち、夕日が向かい側岸の地平線に沈み始めると空は赤く変化していったのです。
自然界の美しさは一枚の写真では到底表せない深みと広がりをもっています。しかし、写真がないと言葉では全く駄目な場合もあるのです。それでとりあえず写真を出してみました。色があまりうまく出ていないように思われますが、それでもこの時の雰囲気などが多少なりと読者の方々に伝わればよいと思うのです・・・
こうした綺麗な夕日を見て思い出すのは、エドガーケイシー氏が亡くなったときの描写です。その部分にも黄金色の夕日が書かれていたように思います。(彼に関する著書は当時の私にとって精神世界の入り口点でした。今は全く読んでいません。)
こうした美しい夕日は、自然界を創造した神が、何かを記念するのか、それとも祝福をしているのか、人間は勝手に自分達の活動や追憶に結び付けたがります。それはともかく、自然界はその光景を見る人達には誰にでも、同じ美しい光景を惜しみなく見せてくれているのでした。
山麓に沸き出でる泉の水はただで与えられていますし、我々が日常吸っている空気も只で人間や生き物全てに与えられています。(空気は生命界の必須要素なのです)。人から金を取って必需品を与えるのは人間だけでしょう。それは人が社会的存在だからで、人は社会へ労働奉仕をする代わりに、社会から全ての必需品を受け取っています。それはどうでも良いことですが、こうした自然界の美しさを感じる感性を持ち続けたいことと、その光景を楽しむ時間が、いつまでも得られることを請い願う次第です。
植木淳一
p.s. インターネットは1994年頃からホームページ(http://www.ifnet.or.jp/~jun-old1/)を始めていますが、その時から色々なことがありました。21世紀にはいってからはインターネットのみの活動となりました。その後、このホームページは何度か書き換えられ現在に至っています。最近では2009年に作り直してからそのままです。
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