2009年7月19日日曜日

●最近の不景気と人権


今回は、大変小さな話題で恐縮です。

古来からの諺に「衣食足りて礼節を知る」というのがあります。衣類や食事も不足する人は、礼儀をわきまえるどころではない、という話でしょう。

最近の新聞に、リストラで公団住宅に入居したが、その家賃も払えないので、またそこを追い出される人が900人近くもいるという話がありました。実際にどうなるのかはわかりませんが、求人率が46%という現状では、職に付きたくても46%の人しか仕事が得られないので、残りの54%は無職の状態です。そのため今後も似た状況の人が増える傾向にあるといえましょう。今のうちに何らかの手を打っておくことも必要ではないかと考えたのです。

もともと「日本国憲法」には「第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」という条項があります。しかし国家も税金で動いている以上、有限な財源を用いてこうした保証を実行する(生活保護など)にも限界があるとは思うのです。

この件に関して、以前に公的機関に提案をしたことがありました。
それは、職業安定所の駐車場に、自衛隊の使用する仮設兵舎を設置し、そこにねぐらを失った人を収容するというものです。これだと仮設兵舎は只の土地に設置されます。職安には駐車場が必要かというとなくても問題がないと思うのです。それよりは、寝る所も失った人達に寝る所を提供することの方が重要です。兵舎だと、ベッドに個人用のロッカーを奥くらいが関の山でしょう。あとはシャワーとトイレがあれば、一応、雨露がしのげ、人並の生活ができます。露営でも夏は良いのですが、冬とか雨の日には大変だと思いますから、空調の効いた所にシャワーを浴びてベッドで寝ることができればグッドです。
設営は自衛隊の人にやってもらい、夜も当直をお頼みすれば、経費はさほどかからないでしょう。光熱費や水道代が多少かかるのはしかたがないと思います。これは極端な話かもしれません。

問題は食事です。これにはお金がかかります。これに関してあることを思いだしました。
近頃はコンビニ弁当も、正味期限切れのものは、ごみとして廃棄物扱いにしてしまうのだそうです。おそらくその中には、食べればまだ食べられるものも沢山あります。それで、こうした施設で、”托鉢”をして歩くのです。もちろん公的にはしにくいでしょう。しかし、コンビニの店長さんの了解とご協力があれば、只で十分にできることだと思います。このあたりは世論の盛り上がりと、関係者のかたがたのご理解が必要だと思います。

もしも国家が、食事まで面倒が見れるのであれば、学校の給食センターを利用して、朝と夕ご飯はそこで作成して配給することもできるでしょう。これはよほどましな体制です。

というようなわけで、余計なお節介にも似た話を書いてしまいました。
まったく、最低限のことしか考えておらず、本当に満足のゆくものではないかもしれませんが、これでもないよりは、よほどましな事になるのではないかと考えるわけです。読者の皆さんはどうで思われますでしょうか。

植木淳一

3 件のコメント:

Po さんのコメント...

憲法の理念を実現するために、ご提案の例のように官民問わず新しい試みがされると良いですね。

今はより多くの人が生きやすい社会へ変わるための
試練の時期なのではないでしょうか。

Wood さんのコメント...

そうですね。日本国憲法の理念を実現させるのは大変でしょうけれど、この辺で、実現のための具体的、方法論的な様々な議論がなされてもよいように考えます。そうすれば、このBlogに書かれた記事より良い方法がきっとでてくるはずです。

Wood さんのコメント...

この記事の後半に関しては、NPO(非営利団体)と言われる、利益を度外視した団体が重要な活動を行っています。彼らは、賞味期限切れとか包装が痛んでいるなどで、まだ食べられるのに捨ててしまう食品を集めて、食べ物にも困っている人達へ配っているのです。こうした活動をされている人達に敬意を表する一方で、日本国民として、そうした人達の善意だけに頼って、この問題を任せて良いものかどうか反省をする次第です。
http://www.npo.info/search/view.php?postID=501
http://www.secondharvestjapan.org/index.php/jpn_home
http://foodbankkansai.web.infoseek.co.jp/