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2011年4月13日水曜日

◎今年も桜が咲きました  少し遅いかな?

今回の東日本大震災で被災された方々へ心よりお見舞申し上げます。
どうぞ一刻も早く平静な日常生活を取り戻されますよう、お祈り致します。
また福島の原子力発電所の事故が無事に終結することを祈ります。

こうした中で、やっと今年も桜が咲きました。今、この周辺では満開にちかくなりました。昨年よりは十日くらい遅いと思います。
やはり東北の震災の影響でしょうか、それとも昨年より寒いのでしょうか。
ここで思い出されるのが、昨年から太陽活動が低調であったことです。そちらの影響だとすると、やはり太陽活動は地球の気候に影響するということでしょうか。
ともあれ、静かな日だまりの中で咲いている桜の花は、なぜかほっとする印象を与えてくれます。自然界の営みは地震や津波にもめげず延々と続くものです。津波が引いた後には草が生え始め、小さな生物たちがまた動めき始めます。

ここ関東の東京湾岸地域でも地震(余震)はまだ感じられて、時々起きる強い揺れに、部屋の中に居てもとっさに安全な場所へ避難したりしている日々です。(もちろん津波はありませんでした。)
しかし、表の明るい陽射しのなかに出かけて「桜の花」を眺めていると、やはり「平和」とか「明るい」という言葉に合う状態にあると思います。

自然界はその中にまだパワーを秘めていて、これからも明るい建設(変化?)への道程にあるのでしょう。

皆様も、たまには表に遊びに出かけて、自然界の明るいパワーを浴び、新鮮な空気を思いっきり吸い込んで、心身共にリフレッシュしましょう。この季節、天気の良いときには、お昼に手弁当で知人とお花見をするのも良いと思います。

植木淳一

P.S. 写真は、稲毛の「民間航空記念公園」の桜です。
  「民間航空発祥の地」とかかれた記念碑と後ろの松が印象的です。
  この松は、米国ノースカロライナのキティホークの丘(ライト兄弟が初飛行を行った地)から移植されたものだと書かれています。

2010年4月11日日曜日

●桜と東京タワー

今日はわりと暖かでした。すでに桜の季節も終わりはじめて、今日で桜も見納めかというのがこの付近です。
桜の風情は格別に思えますが、今年は都内を含めて何回も見に出かけられました。桜を見ると、冬も終わり春になったという印象が強くなります。
そうしたことで、桜を見ると、なぜかほっとする印象と、期待感ともいいますか、何か新たな生命界の胎動というものを感じる部分があるのでしょう。これからは落葉樹にも緑の葉が茂り始め、木々が日一日と緑豊かになってきます。世の中の不景気で落ち込んでいるところにも、そうした生命の胎動が押し寄せて、新鮮なパワーを満たしてほしいものです。

今日は「車検」が終わり車が戻ってきました。
それで、トヨタの営業所まで二回ほど電車で行き来したのですが、たまには電車に乗って移動するのも悪くはないと思いました。電車だと足を使います。それで体の運動にもなるのですが、車だとどうしても運動不足になりがちです。おまけに外気に触れないので不健康です。新型インフルの影響もだいぶ後退したので、これからは電車もよいかな、なんて考えました。春の息吹のようなものをいっぱいに感じ、それを吸い込んだ二日間でした。

植木淳一

2010年2月19日金曜日

★梅の花が咲き始めました。

今日は朝のうちは雪が降っていましたが、午後から久しぶりに晴れて、澄んだ青空が広がりました。
家の近くの梅園にも春の訪れがやって来たようで、少し花が咲き始めています。そうした自然界の変化が植物達を見ているとわかるのですね。
その梅園の側に車を止めて、外に出てみると、ぷ~んと良い梅の香りがしてきます。久しぶりに青空の下ですがすがしい雰囲気に包まれながら、梅の写真撮影を行いました。
辺りには、やはり梅の花を見に来た人たちが何人かいて、思い思いに梅の花を観賞したり携帯デジカメで撮影をしていたりという風情でした。しかし、まだ満開までには少し時間がかかりそうです。それで、花の咲いている枝を捜しながらあちこち歩き回っていました。

実は自然界には静止しているものはないのですが、こうした静かな自然界の変化が、現代の雑踏の中で生きている人間達には気にならない程度のものでしかないようです。
たまには道端の花に目を留めて、その美しさを感じ、自然界の中に浸るのも良いものだと思いました。
昔は、私の家の庭にも梅の木がありました。それは古い木でしたが、毎年、花が咲いた後、梅の実をたくさん実らせてくれるので、家では梅干を作ったり、梅酒をつくっては楽しんでいたことを思い出します。
しかし、その梅の木は家を建てかえた時に、切られて無くなってしまいました。
今、思い起こすと、惜しいことをしたという思いがしてきました。そうした木に成長するにはかなりの年月がかかるからです。当時は父親が梅の木の消毒とか剪定、施肥などをかいがいしくしていたことを懐かしく思い出します。
昨日、俳優の藤田まことさんが亡くなったそうですが、少年時代にみたテレビドラマを思い出しました。また、父が亡くなってから11年が過ぎました。つまりは、失われた時と梅の木と人は帰ってこないのでした。
今はただ自然の季節の循環が続いているし、春の季節がふたたび巡ってきたので、動植物達の新たな成長がはじまるのみです。そうした思いでも時間の流れの中に埋没してゆくのでしょう。

植木淳一

2010年2月4日木曜日

●初雪

昨日は雪が積もりました。数センチ程度でしょうか。
しかし関東地方で雪が降るのは久しぶりです。朝方、久々の冷たいが清清しい空気を胸いっぱい吸い込んで、アパートの雪かきをしました。朝方、ゴミ捨てに出るときに、二階の階段から滑り落ちそうになりながら歩んだので、同じアパートに暮らす他の人達のことを考えそうしたのです。つまり階段や廊下の雪を取り除けて、その後に給湯器からのお湯をかけて回ったのです。これで雪はきれいに溶けて流れ去り、あとは綺麗な通路や階段ができました。

二日前の1月31日は私の誕生日だったのですが、久しぶりに穏やかな一日を過ごしました。

実はその前の1月24日(日曜日)に、Wiiの「Newスーパーマリオブラザーズ」を買ったのです。それから十日間。色々とやったので、誕生日は休日として、一切ゲームには手を触れませんでした。この十日間で、ゲーム機に手を触れなかったのは購入後、風を引いたのか頭痛がして寝込んだのが1日半、それに誕生日の二日半だけでした。

以前にDSの「Newスーパーマリオ」をやっていたので、このWii版はそれほど難しくはなかったように感じました。つまり、何度か失敗すると「ルイーズ」の「お手本演技」を見ることができます。これを見て研究すれば、なんとかコースをクリアーできるのです。また難しすぎると感じたらパスすることも可能です。
そのようなわけで、10日間でやっと最後の「第8ワールド」をクリアーしたら、なんと「第9ワールド」が出てきました。今は、各コースの金貨取りに励んでいます。こちらはなかなか難しいので時間がかかりそうです。

いい年をして全く子供みたいですが、このゲームにはなぜか熱中できるし、うまくゲームをクリアーすると、ある程度の達成感が感じられます。巷ではボケ防止に「塗り絵」が良いなどといわれていますが、どうせならこうしたゲームの方が私には合っているようです。

私は本来、アパートの収入に頼るだけの貧乏人なので、アルバイト程度でもよいから仕事をしなければならないのですが、一昨年から腰の推間板ヘルニアによる故障で、まだ下半身が少ししびれている状態なのです。それで大事を取り、もう少し良くなるまでは仕事とか重い荷物を持たないようにしています。だからこうしたゲームをするにはちょうど良い状態なのです。

これからはまた春となり暖かくなってきます。
また梅や桜の花が見れるかと思うと、生きていることの喜ばしさ、みたいなものを感じます。本当に花は生命の讃歌のような印象があり、とても私を良い気分にさせてくれるのです。

皆様もどうぞ良い日々をお過ごしください。

植木淳一

2010年1月1日金曜日

【謹賀新年】 2010年元旦

本年もよろしくお願い申し上げます。

今日は相変わらずのノンビリな一日でした。
朝はゆっくりと起きて、届いた年賀状をチェックした後、未送のものを新たに作り、発送しているうちにお昼となりました。
昼食は面倒なので、インスタント焼きそばを作って食べると眠くなり、ちょっと昼寝をして目が覚めると午後4時近くです。
夕方、茜色の空が美しいのを見て、そういえば富士山はどう見えるだろうかと屋上へ上ると、遠くのビルに隠れて見えません。それで、近くの陸橋の上に歩いて出かけると、これまた、新たな家が立ち並んでいるので、富士山のある辺りの地平線が見えません。
こうして、急遽、車で海岸へ行き、見晴らしのよい場所から見ようと出かけたわけです。
目的とした現地へ到着する頃には、あたりはすでに暗くなり始めていました。そして、現地へ到着するなりカメラを持ち海岸へ飛び出して撮影したのがこの一枚でした。手持ち撮影で辺りはすでに暗いので、多少手ブレがあると思いますが、なんとか雰囲気だけはお伝えできると思います。

今年も皆様にとって、よいお年である事をお祈り申し上げます。

また、世界が平和で、人類皆が幸福な状態であり続けますように。
人々が創造主の作り上げた世界をより良く知りはじめるような導きがありますように。

植木淳一

2009年8月13日木曜日

今日はお盆の入りでした。

今日(13日)は「盆(ぼん)」のお迎えの日にあたり、夕方、街角には提灯を持って、お墓参りに行く人が多く見られました。なんとも風情があってよいものです。

これは、先祖の精霊を迎えに行く行事で、先祖供養の一環として仏教と共に日本に伝来し、古くから行われていました。この期間は、先祖達の精霊とともに家族は過ごすことになります。そして盆踊りがあります。後に15日夜から16日にかけて送り火を焚き、あるいは提灯をもってお墓参りをし、また水辺の地域では精霊流しをして、精霊を送る行事を行います。

こうした盂蘭盆(うらぼん)の起原については2説があるそうです。ひとつは「倒懸」つまり逆さ吊りの意のサンスクリット語、ウランバナの漢字音写だとする説です。「盂蘭盆経(うらぼんキョウ)」によれば釈迦の十大弟子のひとり目連(モクレン)が、死後、餓鬼(がき)道におちた母の倒懸の苦しみを救うため、釈迦の教えにしたがって供養、祈願したのが盂蘭盆会(うらぼんえ)の始まりであるとされています。もうひとつは、死者の霊を意味するイラン語系のurvanという語に由来し、イラン系ソグド人が中国に伝えたのが仏教に取り入れられたという説。
いずれにしても「お盆」は、8月15日の終戦記念日が中に含まれる期間であり、また広島(8月6日)や長崎(8月9日)の原子爆弾投下の慰霊祭の後でもあります。そのためか、特別な雰囲気が漂う時期となっています。
この原子爆弾の慰霊祭の時には、広島や長崎からのテレビ中継がありました。朝方でしたが、原爆投下の時刻から一分間の黙祷をして被災者達の冥福を祈りました。いつもそう感じるのですが、真夏の明るい日差しの中で、なんともいえない重い雰囲気が支配する時となっています。

もしかしたら、お盆をこの時期に行うということは、戦争中の死者達の霊を弔う意味も含まれているのかもしれません。とにかく、かつてのような悲劇の戦争を起こしてはならないのだという反省の意味をこめて、今後もこの行事を行うことは、戦時の記憶が薄れて行く現在、さらには今後の日本にとっても大きな意味があると思います。

植木淳一