2009年12月24日木曜日

●世界文化遺産「マチュピチュの遺跡」から思うこと

インカ文明をめぐる旅に、よくこの遺跡が登場します。
アンデス山脈のウルバンバ渓谷の山間に聳え立つ山々。その中の2280mの山頂近くにこの「マチュピチュ」の遺跡があります。
どうしてこのような険しい山の上に都市を作ったのかと思うような場所に、インカ独特の精密な石組みで作られたマチュピチュの遺跡が存在しています。この遺跡の総面積は約5平方キロメートル。インカの王族たちの別荘だったとも言われていますが、この町の総人口は最大750名くらいだったそうです。遺跡の半分の面積には段々畑が作られていて食料も自給できたようです。この都市は16世紀の半ばに建設され、その後突如として人々は消えうせてしまいます。そして1911年になり、アメリカ人の歴史学者ハイラム・ビンガムが発見するまで約400年ちかくの間、密林の山の上でこの遺跡は眠っていたわけです。
http://www.asahi-net.or.jp/~nm3k-tgc/peru/large/37.html

しかしこの遺跡をみると、人間はこのような大変な環境のところでも生きられるものなのだなという感慨と、その都市を、運び上げた石でつくり上げた製作者たちの努力に畏敬の念がわいてくるのです。
これが日本だったら、もっと山も低いし農作物も容易に作れるので、こうした遺跡に住む人達よりも簡単に山上都市が建設できるだろうと考えました。
おまけに現代は、鉄筋コンクリートで製作できるので、都市そのものも簡便に堅牢にできます。また、家々を結ぶ道路も、外気温や悪天候を避けるために、アーケードやガラス、硬質プラスチックなどでドーム状に作ったら雪のなかでも不便なく通行できるので良いかなと思いました。また、食料や必需品は自給できるのが理想ですが、不足分を下界から搬送するには、ケーブル電車式の輸送機関とかリフト、登山鉄道など様々な輸送方法が考えられます。

最近は、外壁高断熱の家などというキャッチフレーズを良く聞きますが、こうした所こそまさにそれがうってつけでしょう。暖かな家のなかで、窓から表の絶景を眺めたり、好きな本を読んだりして暮らすのもおつなものでしょう。また外食や買い物をしたくなったら、やはり暖房の効いたアーケードトンネル中を歩いてスーパーマーケットにショッピングに行くとか、レストランへ食事に行くなど、快適な環境のもとで暮らすことも夢ではないと思います。

山の上には昔から仙人が暮らすというのが相場でしたが、現代は一般人が暮らすということもできそうです。

古代遺跡からの発想でした。

植木淳一

●マチュピチュ遺跡
http://www.peru-japan.org/Smachupicchu.html
http://www.asahi-net.or.jp/~nm3k-tgc/peru/machu.html

2 件のコメント:

Po さんのコメント...

なぜ建設されたか、どのように建設されたか、
どんな暮らしがあったのか、
興味は尽きないです。
現代でもこのような町の可能性を
考えてみるのは楽しいですね。

Wood さんのコメント...

マチュピチュに関しては、色々なうわさがあり興味がつきないです。
なぜ仙人と言われる存在が高地に住んだのか。山伏などの修験者も山の中に住みました。
そうした所は、人間の霊性とか精神的な能力の開発に適していたのかもしれません。

しかし、単に居住するなら、山頂でなくとも、高原地域にはいくらでも町ができそうです。
たとえば軽井沢は、標高700m-800mの間に位置し、高原リゾート地として各種の宿泊施設や別荘群があり、様々な文化施設なども充実した町です。
http://karuizawa-kankokyokai.jp/
高原の町も、これくらい発展すると住むにも十分な環境となりいいですね。

ついでに、こうした高原地域の開発が多くの地域で進めば、日本の景気回復にも少しは役立つかもしれません。

●軽井沢プリンスホテル
http://www.rurubu.com/dom_hotel/detail.aspx?ic=3248%7C096&ken=20
http://www.rakudaclub.com/hotels/80415/index.htm?gclid=CNyT4vux8J4CFQMupAodB32ZKA

●ホテル・シェラリゾート白馬
http://www.rakudaclub.com/hotels/80676/